「実質的に・・・からなる」は不明確か(その3)
「実質的に・・・からなる」クレームの特許査定実績
組成物Xの発明についてクレームを作成する際に、組成物Xには、不可避的成分が必ず入ってしまい、必須成分A、B及びCのみからなることがありえないような場合、実施可能要件の観点からは、例えば、以下のように特定したりすることがあります。
〔クレーム例〕
実質的に成分A、B及びCからなる組成物Xであって、
成分A、B及びCの質量比(A/B/C)が、a1~a2/b1~b2/c1~c2である組成物X。
しかし、この「実質的に・・・からなる」という特定の仕方は、
必須成分A、B及びC以外の成分(以下、任意成分)の含有を許容している一方で、
任意成分の種類と許容量が規定されていないため、
一見不明確のようにもみえ、無防備に使用することには、ややためらいがあるような場合もありそうです。
そこで、「実質的に・・・からなる」という特定の仕方が、我国ではどのように取り扱われるのか、というのが今回のテーマです。
Ⅴ.裁判所と特許庁での取り扱い
(1)特許発明の技術的範囲の解釈の場面
「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例(平成14年(ワ)第16268号)によれば、上記クレーム例は、以下のように解釈できると思われます。
即ち、「実質的に・・・から成る」と規定された組成物において、任意成分は、以下の2つの条件:
(条件1) その成分が、明細書中に具体的に記載されているか、
その成分が、明細書の具体的な記載に基づいて当業者が容易に想到できること;及び
(条件2)その成分の含有が、組成物の特性に影響を与えないこと、
を満たす場合に、その組成物に含めることができる。
但し、上記2条件の該当性については、明細書の記載だけでなく、
・その組成物の属する分野の技術常識;及び
・出願経過が参酌される。
例えば、成分や添加量を変化させた場合にその組成物の性質に与える予測可能性が極めて高い、という技術常識は、その成分を任意成分として含めることができることを支持する要素となりえ、
例えば、その組成物の効果の観点から、「その組成物にとってその成分をその量だけ含むことは採用されえない」等の意見書を提出している場合のような出願経過は、その成分を任意成分として含めることができないことを支持する要素となりえます。
従って、上記2条件は、「実質的に・・・から成る」と規定された組成物に対して、いかなる場合にもあてはまるわけではなく、その組成物の属する分野の技術常識と、出願経過によっては、あてはまらない場合もあるという点に留意すべきです。
(2)出願発明の要旨認定の場面
一方、特許庁は、特定技術分野の発明の特許性を審査基準に従って判断する際の考え方を整理して公表した資料「レンズ系の発明に対する記載要件の審査基準の適用について」(平成24年4月)(参照先)において、例えば、
「例1:「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群の実質的にn個のレンズ群からなるレンズ系」
例2:「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群のn個のレンズ群及び実質的にパワーを有しないレンズからなるレンズ系」
の例において、
「請求項が、レンズ群の数に関する「実質的にn個」という記載又はレンズパワーに関する「実質的にレンズパワーを有しない」という記載を含む場合は、原則として、それらの記載をもって、特許法第36条第6項第2号に適合しないとは判断しない。」
と明言し、少なくとも、レンズ系の技術分野では、「実質的に・・・からなる」「実質的に・・・を有しない」なる記載は、原則、不明確としないとしています。
さらにその理由として、特許庁は、「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例の判示に沿って、
「光学的性能に原理的に影響を及ぼさない他の光学要素を付加しても良いとの記載」があれば、
レンズ系の発明の属する技術常識を考慮すれば、レンズ系の発明は上記2条件が満たされている場合が多いので、
「実質的にn個」あるいは「実質的にレンズパワーを有しない」の記載は、原則、不明確と判断しない、
と説明しているように受け取れ、要旨認定の場面における特許庁の論理は、技術的範囲の解釈の場面における「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例で示された論理に限りなく近いことがわかりました。
Ⅵ.「実質的に・・・からなる」クレームの特許査定実績
「実質的に・・・から成る」という規定を、レンズ系の発明の分野で、特許庁が、原則不明確としないと明言しているとはいっても、この分野だけの話であるとされてしまうと、あまり拠り所にはなりません。
そこで、「実質的に・・・から成る」という規定を含む出願がどの程度「特許査定」されているかを、特許電子図書館(IPDL)でザックリと調べてみました。
過去10年間に発行された特許公報を対象にした結果を、検索キーワードと共に表にしてみました。
なお、「*」は「かつ」、「/」は「又は」を意味し、
「a*b」は、「a」と「b」の両方を含み、
「a/b」は、少なくとも「a」又は「b」のどちらかを含むことを意味します。
左欄は、「実質的に」*「から成る」を含む特許請求の範囲を検索した結果、
中欄は、左欄中、さらに「鋼板」と「合金」を含む特許請求の範囲を検索した結果、
右欄は、左欄の結果を、さらにレンズ系の分野に限定して検索した結果です。
特許請求の範囲は、複数の請求項からなるので、
一つの請求項に「実質的に・・・から成る」を含む場合、
一つの請求項の異なる文に「実質的に」と「から成る」が含まれる場合、及び
一つの請求項に「実質的に」を含み、他の請求項に「から成る」を含む場合
がヒットしますが、「実質的に・・・から成る」のうち、明確性が問題になるのは「実質的に」の方なので、どの場合も意味のあるサンプルであると思われます。
左欄の結果をみると、相当に広い分野にわたって「実質的に」*「から成る」で規定された発明が特許査定されており、その数は、この10年で倍増しています。
中欄の結果をみると、「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例(平成14年(ワ)第16268号)の対象となった「合金」(その代表例としての「鋼板」)の分野は、この10年、「実質的に」*「から成る」で規定された発明の1割弱を占め続けています。
右欄の結果をみると、レンズ系の発明の分野では、特許庁が平成24年4月に「レンズ系の発明に対する記載要件の審査基準の適用について」を発表してから、特許査定数が急増しています。
以上の結果から、「実質的に・・・から成る」で規定される発明の特許査定数は、この10年間で増え続けており、少なくとも要旨認定の場面では、「実質的に・・・から成る」の規定だけをもって不明確であると判断されることはなさそうに思えます。
逆に、このような傾向の続く中、レンズ系の発明の分野において、特許庁が、何故平成24年になって「レンズ系の発明に対する記載要件の審査基準の適用について」で、わざわざ、レンズ系の発明について「実質的に・・・から成る」の規定について見解を出す必要があったのか、の方が不思議です。
このあたりの背景についてご存知の方がいらっしゃれば、是非ともご教示願いたいと思っています。
また、今回の調査範囲は、「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例(平成14年(ワ)第16268号)以後なので、もっと過去に遡って、この判決例の前後で、「実質的に・・・から成る」で規定される発明の特許査定数に変化があるか否かについて調べてみることも一興かと思います。
いずれにしても、「実質的に・・・から成る」で規定される発明については、特許庁の要旨認定と裁判所の技術的範囲の解釈の判断基準がほぼ一致しているようにみえますので、その判断基準に沿いうる状況にあれば、通常の組成限定の規定が使用できない発明を、「実質的に・・・から成る」で規定することも、選択肢の1つとしてもよいのではないかと思います。
(以上)
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