「地盤強化工法事件」知財高裁判決例と物の発明の技術的範囲の解釈
Ⅰ.「地盤強化工法事件」知財高裁判決例(平26(ネ)第10030号)
先月だされた判決例で、一見すると「方法」としか思えない特許発明を、「物の発明」であると控訴人が主張して技術的範囲の属否を争った事件があり、裁判というのは何でも主張しうるのだ、ということを改めて認識できたという意味で、私の興味を引いた事件をご紹介します。
A.事件の概要
(1)控訴人は、名称を「地盤強化工法」とする特許第3793777号(以下「本件特許」)の専用実施権者である。
控訴人は、被控訴人による「東京駅丸の内駅舎地下免震工事」(以下「本件工事」)の施工が本件特許の専用実施権侵害に当たる旨主張して、
被控訴人に対し、専用実施権侵害の不法行為に基づく損害賠償又は不当利得に基づく利得金返還請求の一部請求等の支払を求めた。
(2)原判決は、被控訴人ほか2社の共同企業体が施工した本件工事に係る工法は、
本件特許請求項1に係る発明(以下「本件特許発明」)の技術的範囲に属さないとして、控訴人の請求を棄却した。
(3)控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。
B.関係する請求項の内容
本件特許発明は、原判決例(平25(ワ)5071号)において、以下のように分説されています。
〔請求項1〕
A 鉄骨などの構造材で強化,形成されたテーブルを地盤上に設置し,
B 前記テーブルの上部に,立設された建築物や道路,橋などの構造物,または,人工造成地を配置する地盤強化工法であって,
C 前記テーブルと地盤の中間に介在する緩衝材を設け,前記テーブルが既存の地盤との関連を断って,地盤に起因する欠点に対応するようにしたこと
D を特徴とする地盤強化工法。
C.控訴人の主張
本件特許発明は、上記したように、
「・・・を・・・に設置し、・・・を配置する地盤強化工法であって,
・・・を設け、・・・するようにしたことを特徴とする地盤強化工法」
と特定されるように、所定の操作を特定した工法ですので、一見したところ「方法の発明」と思われます。
ところが、控訴人(専用実施権者)は、本件特許発明が「物の発明」であって、「方法の発明」ではない、として以下のように主張しました(筆者が適宜改行し、下線を付しました)。
「被控訴人が施工した本件工事に係る工法は,原判決別紙イ号物件目録記載の「人工地盤工法」(以下「原告イ号工法」という。)のとおり特定すべきである。
原告イ号工法は,本件工事によって施工された「構造・構成」を表したものである。
本件特許発明は,以下に述べるとおり,建設工事により構築される構築物の構造・構成に関するものであり,経時的要素のない発明であるから「物の発明」であって,構築物の工事方法に関する「方法の発明」ではないから,
被控訴人が施工した本件工事に係る工法が本件特許発明の構成要件を充足するかどうかを判断するに当たっては,本件特許発明が「物の発明」であることを前提に判断すべきである。
本件特許の発明の名称である「地盤強化工法」中に「工法」の用語が用いられていても,本件特許の特許請求の範囲(請求項1)の記載から本件特許発明を「物の発明」と認定することは不合理でも不自然でもない。」
「本件特許発明が「物の発明」か「方法の発明」かを決定するには,
本件特許発明の本質的な構成要素である「テーブル」と「緩衝材」の間の時系列的前後関係の有無の検討が必要不可欠である。
この点について,請求項1には「前記テーブルと地盤の中間に介在する緩衝材を設け」と記載されており,「テーブル」と「緩衝材」について経時的要素の記載がないのは,本件特許発明が「物の発明」であるからである。」
控訴人は、本件特許発明が「物の発明」であることを前提に、イ号工法の特許発明の技術的範囲への属否を主張しました。
裁判所は、控訴人の主張に対して、以下のように判断しました。
D.裁判所の判断
D-1.本件特許発明の課題、課題解決手段及び効果
裁判所は本件特許明細書の記載に基づき、本件特許発明の課題及び効果を以下のように認定しました(筆者が適宜改行し、下線を付しています)。
「本件明細書には,
①地層,地形,地質,人工造成地に問題がある場合,地盤の局所的な強化だけでなく,広い範囲で安定した地盤にすることが望まれることから,従来,地盤中に免震構造体を構築して,構造物が立設されている地域ごとの免震を行う免震地盤が提案されていたが,このような従来の免震地盤には,免震構造体の下端が開口されているため,直下型地震に対応することが困難であるという課題があったこと,
②「本発明」(本件特許発明)は,上記課題を解決し,直下型地震に対しても有効に機能する安定した地盤が得られる地盤強化工法を提供することを目的とし,
上記目的を達成するための手段として,
鉄骨などの構造材で強化されたテーブルの上部に,立設された建築物や道路,橋などの構造物又は人工造成地を配置する地盤強化工法であって,
上記テーブルと地盤の中間に介在する緩衝材を設け,
上記テーブルが既存の地盤の関連を断って地盤に起因する欠点に対応するようにした構成を採用したこと,
③「本発明」(本件特許発明)は,上記構成を採用したことにより,
テーブルが既存の地盤の関連を絶って,用地固有の欠点を解消し,地盤の地層,地形,地質,人工造成地に起因する欠点,地震,地崩れ,局所的な液状化から都市,街区,埋立地を保護する効果を奏することが開示されているものと認められる。
D-2.本件特許発明のカテゴリーに関する判断
(1)控訴人の主張の認定
「控訴人は,
本件特許発明は,建設工事により構築される構築物の構造・構成に関するものであって,経時的要素のない発明であるから,「物の発明」であり,
被控訴人ほか2社の共同企業体が施工した本件工事に係る工法が本件特許発明の構成要件を充足するかどうかを判断するに当たっては,
本件特許発明が「物の発明」であることを前提に判断すべきである,
被控訴人ほか2社の共同企業体が施工した本件工事に係る工法は,本件工事によって施工された「構造・構成」として,原判決別紙イ号物件目録記載の「人工地盤工法」(原告イ号工法)のとおり特定すべきである旨主張する。」
(2)被控訴人の主張
「これに対し被控訴人は,本件特許発明が「物の発明」ではなく,「方法の発明」であるから,被控訴人ほか2社の共同企業体が施工した本件工事に係る工法は,工事の方法として,原判決別紙被告工法目録記載の「免震化工法」(被告方法)のとおり特定すべきである旨主張する。」
(3)裁判所の判断
(3-1) 本件特許発明は、控訴人は「物の発明」であると主張し、被控訴人は「方法の発明」であると主張していますが、一見しては控訴人の主張に無理がありそうにみえます。
裁判所は、ここで、絶妙の判断をしています。
「イ 特許法は,発明の種類を「物の発明」(2条3項1号),「方法の発明」(同項2号)及び「物の生産方法の発明」(同項3号)の3種類に分類している。
そして,特許権の効力(68条)の範囲は発明の種類によって異なり,特許権に基づいて差止めを求めることができる行為は発明の種類によって異なるが,
本件において,控訴人は被控訴人に対して差止めを請求していない。」
発明のカテゴリーの相違は「差止めを求めることができる行為」に影響を与えるが、「控訴人は被控訴人に対して差止めを請求していない」ので、以下に引用するように、発明のカテゴリーを「本件特許発明がいかなる発明に分類すべきかをまず最初に検討する実益はない」という判断に繋げています。
さらに、裁判所は、プロダクト・バイ・プロセスクレームを例示して、「経時的要素を含むものであっても,「物の発明」であることを妨げるものではない」と判示します。
「「方法」は,一定の目的に向けられた系列的に関連のある数個の行為又は現象によって成立し,必然的に経時的な要素を含むものといえるから,
「方法の発明」又は「物の生産方法の発明」であるというためには,経時的要素を含むことが必須であるが,
一方で,「物の発明」であるというためには,経時的要素を含むことは必須ではないというにとどまり,経時的要素を含むものであっても,「物の発明」であることを妨げるものではない(例えば,プロダクトバイプロセスクレームで規定された物の発明)。」
「そうすると,本件において,本件特許発明がいかなる発明に分類すべきかをまず最初に検討すべき実益はなく,
各構成要件の充足性の判断の際に,当該構成要件が経時的要素を含むかどうか,
・・・「地盤強化工法」の文言が
控訴人が主張するように「構造・構成」としての「工法」を意味するものか,
被控訴人が主張するように「工事の方法」としての「工法」を意味するかどうか
について検討するのが相当である。」
裁判所のこの絶妙な判断、酷暑のお盆で頭の働きが著しく鈍っていなくても、私には思い至らなかったように思います。
(3-2) 裁判所は、上記の認識を前提にして、「地盤強化工法」を操作で特定する構成要件A及びBのついて、イ号工法の充足性を判断しています。
まず、控訴人は、構成要件A及びBを、「物の発明」を特定する物の構成を規定しているとして、以下の主張をします。
「控訴人は,
①原告イ号工法の「東京駅丸の内駅舎地下の地盤に新設した地下躯体」・・・は,原判決別紙図面・・・記載の「新設地下躯体」部分に相当し,構成要件Aの「地盤」に該当する,
②原告イ号工法の「人工地盤」・・・は,原判決別紙図面の・・・に横一線に濃い青線で示されている部分に相当し,構成要件A及びBの「テーブル」に該当する,
③原告イ号工法の「上記人工地盤の上部に,東京駅丸の内駅舎全体の荷重を移す」・・・にいう「人工地盤」上に荷重が移された「東京駅丸の内駅舎」は,構成要件Bの「テーブルの上部に,立設された建築物」に該当するから,
原告イ号工法は,構成要件A及びBを充足する旨主張するので,以下において判断する。」
裁判所は、この控訴人の主張に対して、「物の発明」か否かは問題にせず、構成要件A及びBの文言の解釈をします。
「構成要件A及びBの「テーブル」の設置と建築物等の配置の時系列的な前後関係について・・・」
「本件特許の特許請求の範囲(請求項1)の上記記載によれば,本件特許発明は,
「…テーブルを地盤上に設置し」(構成要件A),
「前記テーブルの上部に,…構造物,または,人工造成地を配置する地盤強化工法」(構成要件B)であり,
「テーブル」の設置が「テーブルの上部」の構造物等の配置より先に記載されている。」
「本件明細書・・・には,
「上記構成の地盤強化工法によれば,鉄骨などの構造材で強化され,テーブルを地盤上に形成し,前記テーブルの上部に,建築物や道路,橋,などの構造物,または,人工造成地を配置するようにしたので,」・・・と記載され,これも「テーブル」の設置が「テーブルの上部」の構造物等の配置に先行することを示すものと解される。
本件明細書記載の実施例においても,・・・と記載され,地盤に「テーブル」を配置した後に,基礎を設けて建築物を築造することは記載されているが,建築物を築造した後に,地盤と建築物との間に「テーブル」を設置することについては記載も示唆もない。」
「そうすると,本件特許発明の技術的範囲に,構造物等を配置した後に「テーブル」を設置するものも含まれると解することはできない。
以上に照らすと,本件特許発明における地盤強化工法(構成要件B)は,地盤に「テーブル」を設置した後に「テーブルの上部」に構造物等を配置する工法であると解するのが相当であり,構成要件A及びBにいう「テーブル」はそのような順序で施工されるものとして解するのが相当である。」
「しかるところ,控訴人主張の原告イ号工法の「人工地盤」・・・は,東京駅丸の内駅舎が建築された後に設置されたものであるから・・・,構造物等の配置前に設置されるという構成要件A及びBの「テーブル」の要件を充たさないというべきである。
控訴人は,これに対し,構築したテーブルの上に建築物等を築造するか,既存建物の下にテーブルを構築するかは,工程の相違にすぎず,本件特許発明においては,テーブルの設置と建築物等の配置の時系列的な前後関係は存在しないから,完成後のテーブルの上に建築物等が配置されていれば,当該テーブルは,構成要件A及びBの「テーブル」に含まれる旨主張する。
しかしながら,上記のとおり,本件特許発明における地盤強化工法(構成要件B)は,地盤に「テーブル」を設置した後に構造物等を配置する工法であると解されるから,控訴人の主張は,その前提において採用することができない。
以上のとおり,原告イ号工法は,構成要件A及びBの「テーブル」を備えていない。」
「以上のとおり,控訴人主張の原告イ号工法は,構成要件AないしCをいずれも充足しないから,その余の点について判断するまでもなく,本件特許発明の技術的範囲に属さない。
なお,被控訴人ほか2社の企業合同体が施工した本件工事に係る工法を被控訴人主張の被告方法のとおり特定したとしても,同様の理由により,本件特許発明の技術的範囲に属さない。」
E.教訓
本件判決例から、「経時的な要素を含む」発明は、以下のような取扱いを受けるように読み取れます。
(ⅰ)発明のカテゴリーは、差止請求訴訟において、「差止めを求めることができる行為」の範囲を決める上で重要な要素となる。
(ⅱ)「経時的な要素を含む」発明であっても「物の発明」と判断される可能性がある。
(ⅲ)「経時的な要素を含む」発明特定事項は、「時系列的な前後関係」を判断される。
本件特許発明は、出願時には、やはり「経時的な要素を含む」発明特定事項で特定した工法であると意識されて「地盤強化工法」としたのだと思われます。
上記(ⅱ)によれば、それでも、「地盤強化工法」を「物の発明」であると解釈される余地はあるのですが、裁判をしなければ結論がでないというリスクがあります。
また、上記(ⅲ)によれば、「地盤強化工法」が、仮に「物の発明」であることが認められたとしても、発明特定事項に「経時的な要素を含む」場合には、「時系列的な前後関係」を判断されることになり、実質的には「方法の発明」と認定されるに等しいことになります。
従って、柔軟な権利行使の可能性を確保する上でも、「方法の発明」と意識して出願する場合も、「物の発明」としても主張できるような請求項を立てておくことを、考えておいた方がよいと思います。
例えば、以下のような立て方があると思います。
(1)プロダクト・バイ・プロセスクレームを立てる。
これまでの判決例の流れをみると、プロダクト・バイ・プロセスクレームは、構造系分野では「物同一説」で判断され、化学系分野では「製法限定説」で解釈される傾向にあります。
しかし、先般の「プラバスタチンNa事件」知財高裁判決例平22(ネ)10043号では、真正プロダクト・バイ・プロセスクレームは「物同一説」で解釈されるが、不真正プロダクト・バイ・プロセスクレームは「製法限定説」で解釈されるとされています(本事件は確定しおらず、最高裁の結論待ちです)。
いずれにせよ、プロダクト・バイ・プロセスクレームは、権利化されれば、「物の発明」であると主張した場合、認められる可能性は格段に高くなります。
(2)物の発明としてクレームを立てる
構造系分野は、プロダクト・バイ・プロセスクレームによらなくても、物理的構成で発明を特定することが可能である場合が多いので、物の発明として、「経時的な要素」を含ませずに特定しておくことは無駄ではないはずです。
(3)物の生産方法としてクレームを立てる
少なくとも、自己の方法による製造結果物に権利が及ぶようにしておいた方がよいと思います。
「地盤強化工法」だけでは、製造結果物が地盤であると認定されてしまえば、その地盤の上の建造物に権利が及ばないおそれがあります。
従って、例えば、「前記地盤強化工法が適用される駅舎の製造方法」のようなクレームを立てておけば、当該工法を含む方法で製造された、地盤の上の駅舎にも権利が及ぶことになります。
(以上)
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