「ソルダーレジスト事件」判決例と機械系分野の除くクレーム(その2)


Ⅱ.「ソルダーレジスト事件」大合議判決(平18(行ケ)第10563号)後の動き

 「ソルダーレジスト事件」大合議判決は、上告受理申立てがされていましたが、上告事件は取り下げられて、確定しました。その後の動きを整理してみました。


A.「ソルダーレジスト事件」大合議判決の実務への影響

(1)「除くクレーム」とする補正について、従前の審査基準が「例外的」に認めるという運用になっていたところ、

 「ソルダーレジスト事件」大合議判決例で、知財高裁は、

「除くクレーム」とする補正が本来認められないものであることを前提とするこのような考え方は適切ではない

 すなわち,「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,

 補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,

 補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない。

 したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,

 最終的に,・・・明細書等に記載された技術的事項との関係において,

 補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないから,

 審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は,

 上記の限度において特許法の解釈に適合しない」ものであると判示して、審査基準の運用を否定しました(筆者が、適宜省略、改行及び下線付設しました。以下、同様です)。

(2)一方、従前の審査基準による運用によって、「除くクレーム」とする補正は、極めて制限されており、特許法29条の2又は特許法39条1及び2項が適用された拒絶理由通知の場合にしか「許されない」と、私も含めて特許業界の誰もが信じて疑わなかったと思われます。

 しかし、「ソルダーレジスト事件」大合議判決以降、「新規事項を取り込まない限度で制限されない」ということになり、補正対応において、特許法29条1及び2項が適用される拒絶理由通知に対しても、「除くクレーム」とする補正は、通常の新規事項を追加しないという当たり前のことに注意さえすれば、当然に許されることになり、拒絶理由通知対応の幅が大きく広がったという意味で、実務レベルでは極めて大きな影響があったと考えられます。


B.特許庁の対応

(1)それでは、「除くクレーム」とする補正についての審査基準の運用を否定された特許庁が、「ソルダーレジスト」大合議判決をどのように受け止めたか、ですが、

 これは「第4回審査基準専門委員会議事録」と添付された資料5を見るとよくわかります。

(2)「第4回審査基準専門委員会議事録」での田村審査基準室長(当時)は、

 「ソルダーレジスト事件」大合議判決は「確定いたしましたので、今回、後続判決の調査を踏まえて、当審査基準専門委員会で審査基準の改訂を行うかどうかという点を御検討いただきたいと考えてございます。」

「そして、当事件の「除くクレーム」とする訂正を上記「大合議判決基準」に照らして認めるべきものであるとした上で、審査基準における「除くクレーム」とする補正に関する記載は、「例外的」とする点について「特許法の解釈に適合しないもの」として、以下のように示されているということです。

・・・この事件の場合、先願がございまして、その先願の部分を特許請求の範囲から除くような訂正――訂正というのは、結果、補正と同じということになりますが、そういうものをやったところ、特許庁のほうはそういう訂正を認めて、裁判所のほうも特許庁の判断を御支持いただいたわけです。

ところが、原告が、「除くクレーム」というのは例外的に認めるというふうに基準に書いてあるから、非常に厳格に判断すべきであるというような主張をされまして、基準に書かれた「例外的」の趣旨は何かというところを御判示いただいているということかと思われます。

そういうことで、「「例外的」な取扱いを想定する余地はないから、審査基準における「『「除くクレーム」』とする補正」に関する記載は、上記の限度において特許法の解釈に適合しないものであり、」というような御判示をいただいております。

ただ、・・・「審査基準において特許法自体の例外を定める趣旨でないことは明らかであるから、」ということで、「例外的」というのは特許法から外れて例外を設けるという趣旨ではなかったのであろうというところも御理解いただいているようでございます。」

(2)さすがといえば、さすがです。

 司法判断の矢面に立つ行政官庁である特許庁の自己肯定の言い回しは、練りに練った感があり、いろいろな意味で参考になります。

 田村審査基準室長は、「ソルダーレジスト事件」大合議判決以降に出された「除くクレーム」を巡る判決例を検討したことを述べた上で、さらに、以下の説明をしています。

「「除くクレーム」の審査基準の記載が、大合議判決基準である「新たな技術的事項」を導入するか否かに照らして特に問題がないというような判示をいただいております。しかしながら、「例外的に」という記載の部分は除くということで、「例外的」という言葉があるがために特許法の例外じゃないか等々、あらぬ誤解を招くという点での問題指摘がなされている状況でございます。」

「さらに「除くクレーム」以外の新規事項に関する裁判例が11件ほどございまして、その中をいろいろ解析させていただきますと、すべての案件が大合議判決基準、すなわち「新たな技術的事項」を導入するか導入しないかというところを必ず判示いただいているということで、知財高裁のほうでは今後はこの判断基準を必ず使っていくという意思表示をされているように思われます。」

「一方、大合議判決において、補正の可否について、"明示的記載+自明"な事項に該当するか否かで判断すること、この自明の判断手法は、「実務上このような判断手法が妥当する事例が多い」ものとして肯定していただいております。そして、審査基準の「各論」で示されている補正の判断については、「除くクレーム」の判断において「例外的に」という記載がある部分以外で否定されているところはないということでございます。後続判決14件ほどを拝見させていただきましても、「新たな技術的事項を導入」するか否かという「大合議判決基準」を一貫して用いているものの、現行の審査基準に基づく審査実務を否定するものは発見できなかったという状況でございます。」

(4)特許庁は、「除くクレーム」とする補正に関する従前の審査基準は、「除くクレーム」の判断において「例外的に」という記載がある部分以外は、裁判所から認められているという立場をとり、これは、現在も一貫していると考えられます。

 その結果として、田村審査基準室長は、従前の審査基準の改訂の方向性を以下のように説明しました。

「大合議判決の中では、「除くクレーム」を例外的に認めているかのような記載はおかしいと言われておりますので、「例外的に」という文言を削除させていただく。さらに、結果的に、「除くクレーム」――これは29条の2の先願を除くとか、39条の先願を除く、それに加えて29条1項3号の新規性欠如に係る先行技術を除くものは補正が認められることが書いてあるわけですがそこについても、基本的には「新たな技術的事項を導入しないもの」として補正を認めることとさせていただければと思っております。」

(5)以上の経過を辿り、平成22年6月に審査基準の改訂がなされ、現在の審査基準では、

「第Ⅰ節 新規事項」4.1で、以下のように運用されており、至って妥当な運用であると思います。

 最後の「なお」書き部分は、「除くクレーム」とする補正は進歩性を担保するものではないことを指摘していますが、むしろ、我々特許制度ユーザーサイドが注意しなければならないところです。

「(4)除くクレーム

「除くクレーム」とは、請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、請求項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には、許される

次の(ⅰ)、(ⅱ)の「除くクレーム」とする補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので、補正は許される。

(ⅰ)請求項に係る発明が、先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、当該重なりのみを除く補正。

(説明)

上記(ⅰ)における「除くクレーム」とは、補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、特 許法第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物等又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

上記(ⅰ)の「除くクレーム」とする補正は、引用発明の内容となっている特定の事項を除外することによって、補正前の明細書等から導かれる技術的事項に何らかの変更を生じさせるものとはいえない。したがって、このような補正は、新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかである

なお、「除くクレーム」とすることにより特許を受けることができるのは、先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが、たまたま先行技術と重なるような場合である。先行技術と技術的思想としては顕著に異なる発明ではない場合、「除くクレーム」とすることによって進歩性欠如の拒絶の理由が解消されることはほとんどないと考えられる。」

(続く)

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