存続期間の延長登録出願に関する2つの審決取消訴訟(その5)


 前回は、特許権の存続期間延長登録出願(以下、出願ともいいます)に関する2つの審決取消訴訟事件(「放出制御組成物事件」(平成20年行ケ第10460号)及び「ヒト化抗VEGF抗体事件」(平成21年(行ヒ)第326号))において、審査で適用が検討される特許法67条の3第1項1号の拒絶理由(以下、拒絶理由ともいいます)を、知財高裁と特許庁がどのように適用しているかをまとめてみました。

 参考のために、特許法67条の3第1項1号と特許法68条の2を以下に掲載します。

〔特許法67条の3第1項1号〕

 審査官は、特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号のいずれかに該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。

一 その特許発明の実施に 第67条第2項 の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。

〔特許法68条の2〕

 特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた 第67条第2項 の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。


1.知財高裁及び特許庁による拒絶理由の適用の基準

 まずは、おさらいです。

A.知財高裁の基準

(1) 審査官が、以下の①又は②を選択的に論証できた場合に拒絶理由を適用して本件出願を拒絶できる。

① 政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと(第1要件)

② 『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと(第2要件)

(2) 「政令で定める処分」である薬事法14条1項又は9項(以下、薬事法ともいいますに基づく承認の審査対象は、

「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性」

に関する事項によって特定された医薬品であるが、

 承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は、上記審査事項のうち、

「成分、分量、用法、用量、効能、効果」

によって特定される医薬品の製造販売等の行為である。

(3) 「放出制御組成物事件」では、知財高裁は、

 原告(出願人)の主張通り、出願は、第1及び第2要件を充足しないと認定し、

 先行医薬品は本件発明の技術的範囲に含まれないので、

 先行処分によって禁止が解除された先行医薬品の製造行為等は、本件発明の実施行為に該当しないと認定して、審決を取り消しました。

(4) 「ヒト化抗VEGF抗体事件」では、知財高裁は、

 用法・用量の観点から、本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は、

 先行処分では解除されておらず、本件処分によって解除されたと認定し、

 本件出願は、拒絶理由の第1及び第2要件を充足しないと判断しました。

B.特許庁の基準

〔旧審査基準〕

(1) 旧審査基準の概要

 物(有効成分)と用途(効能・効果)の双方が同一である先行処分がある場合、

 その先行処分により、その物と用途について特許発明の実施の禁止が解除されているため、本件処分を受けることは、特許発明の実施に必要であったとは認められない。

(2) 知財高裁は、以下のように判示して、旧審査基準による上記運用を否定しました。

「旧審査基準では,先行処分に基づく製造販売等が当該特許発明の技術的範囲に含まれないとの観点(前記第2要件)について、全く考慮がされていなかった点で、特許法67条の3第1項1号の規定と整合しない運用がされていたと解される。」

(3) 最高裁も、以下のように判示して、旧審査基準による上記運用を否定しました。

「特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認に先行して、当該処分の対象となった医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品について同項による製造販売の承認がされている場合であっても、先行処分の対象となった医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、先行処分がされていることを根拠として、当該特許権の特許発明の実施に当該処分を受けることが必要であったとは認められないということはできない」

〔改訂審査基準〕

(1) 改訂審査基準の概要

 本件医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する事項」を備えた先行医薬品についての先行処分が存在する場合には、特許発明のうち、

 本件医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される範囲は、

 先行処分により特許発明の実施の禁止が解除されているため、

 本件処分を受けることは、特許発明の実施に必要であったとは認められない。

(2) 知財高裁は、以下のように判示して、改訂審査基準による上記運用を否定しました。

「上記最高裁判決及び知財高裁判決は,審決が,先行処分の対象となった医薬品が延長登録出願に係る特許権の特許発明の技術的範囲に属しない場合であっても,後の処分の対象となった医薬品との間で,有効成分及び効能・効果が同一であれば,後の処分に基づく延長登録を認めないと判断したことに対し,後の処分に基づく延長登録出願が特許法67条の3第1項1号所定の拒絶要件に該当しないとの結論を導く過程で,「特許発明の技術的範囲」との関係に言及したものにすぎない。

 特許庁による審査基準の上記改定は,

 上記最高裁判決が判示するところを超えて,独自の立場からされたものであり,

 前記のとおり,同号の規定の文言から離れるものであって,

 これを採用することはできない。」


2.特許庁の基準をどう考えるか

A.旧審査基準の場合

(1) 存続期間延長登録出願の特許法67条の3第1項1号の該当性について、知財高裁の判断基準が明確で理解し易い一方で、特許庁が何故理解し難い判断基準を設けるのかについては、「放出制御組成物事件」での知財高裁の以下の言及がヒントになります(下線及び適宜改行は筆者、以下同様です)。

従来,先行処分を理由として特許権の存続期間が延長された後に,さらに処分(後行処分)がされ,後行処分があったことを理由とする延長登録の出願の可否が争われた事案においては,専ら,先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという観点(特許法68条の2)から検討されてきた。本件においても,例外ではなく,審決は,専ら,上記の論点から検討を加えて,結論を導いている。」

 即ち、特許庁は、特許法67条の3第1項1号に規定される「特許発明の実施」の範囲を、特許法68条の2に規定される「特許発明の実施」の範囲を基準にして判断しているというわけです。

 薬事法に基づく承認の場合は、特許法68条の2は以下のように読めます。

「特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた 第67条第2項 の政令で定める処分の対象となつた・・・用途に使用される・・・物・・・についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」

 即ち、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、薬事法に基づく承認の対象になった物と用途についての特許発明の実施に及ぶと解釈できます。

 そこで、特許庁は、特許法68条の2の観点から、物(有効成分)と用途(効能・効果)の双方が同一である先行処分がある場合、その先行処分により、その物と用途について特許発明の実施の禁止が解除されている、と解釈したわけです。

(2) 特許庁の解釈について考慮すべき事項1

① しかし、このような特許庁の解釈の仕方に対して、知財高裁は「放出制御組成物事件」判決例で以下のように判示します。

先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ,本件を含む,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。」

 即ち、知財高裁は、特許法67条の3第1項1号の「特許発明の実施」を解釈するに当たり、特許法68条の2の「特許発明の実施」の解釈をそのまま適用することはできないので、あくまで、特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討する中で解釈すべきとの立場であるということになります。

② さらに、知財高裁は、「ヒト化抗VEGF抗体事件」判決例の「2 特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について」で以下のように判示します。

「本件出願が特許法67条の3第1項1号に該当するとした審決の判断には誤りがあり,その余の点を判断するまでもなく,審決は違法であることになる。また,同法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲については,本来,特許権侵害訴訟において判断されるべき論点であるが,念のため,以下のとおり検討を加える。」

 即ち、「先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶか」は、本来、侵害訴訟において、特許発明の技術的範囲として裁判所が解釈すべき事項であって、

 本件医薬品の実施を含む特許発明の実施に後行処分である本件処分をうけることが必要であったかの権利付与段階で特許庁が解釈すべき事項ではない、と考えているようです。

 なお、薬事法に基づく承認にこの解釈を適用するに当たって、特許庁は、独自に、「物」を「有効成分」、「用途」を「効能・効果」と解釈しています。

(3) 特許庁の解釈について考慮すべき事項2

 特許庁が「その先行処分により、その物と用途について特許発明の実施の禁止が解除されている」と解釈したとしても、

 本件医薬品を実施するためには、薬事法に基づく承認(本件処分=後行処分)が現に必要であったわけで、「その先行処分により、その物と用途について特許発明の実施の禁止は解除されていなかった」という厳然たる事実があります。

 従って、特許庁の解釈は、その厳然たる事実を説明できない点で破綻しているともいえます。


B.改訂審査基準の場合

(1) 旧審査基準が、特許法68条の2の観点から、

<先行処分に係る存続期間延長登録に基づく特許権の効力が、薬事法に基づく承認の対象になった先行処分に係る物(有効成分)と用途(効能・効果)についての特許発明の実施に及ぶ>

との解釈に基づいて運用していたのを、「放出制御組成物事件」最高裁判決を考慮したと思われる以下の運用に代えました。

「同法67条の3第1項1号の判断において、「特許発明の実施」は、

 処分の対象となった医薬品その物の製造販売等の行為ととらえるのではなく、

 処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち・・・「発明特定事項に該当する事項」・・・によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえ、

 用途を特定する事項を発明特定事項として含まない特許発明の場合には、「特許発明の実施」は、処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち・・・発明特定事項及び用途に該当する事項・・・によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきであるとした。」

(2) 即ち、特許庁は、本件医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する事項」を備えた先行医薬品についての先行処分が存在する場合には、

<先行処分に係る存続期間延長登録に基づく特許権の効力が、薬事法に基づく承認の対象になった本件医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する事項」と用途についての特許発明の実施に及ぶ>

との解釈に基づいて運用することにしたわけです。

(3) しかし、こう解釈したからといって、上記した特許庁の解釈について考慮すべき事項1及び2は依然としてそのまま成立します。

 実際、知財高裁は「ヒト化抗VEGF抗体事件」判決例(第4の1(2))でも、以下のように「放出制御組成物事件」判決例と全く同趣旨の判示しています。

「特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の要件を規定した根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を判断することにより結論を導くべきである(先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,必ずしも常に直接的に関係する事項であるとはいえない。)。」


C.特許庁は何故存続期間が延長された特許権の効力の範囲に拘る運用をするのか

(1) 医薬品業界では、近年、新薬の開発に要する開発費用及び開発期間が増大し続けており、存続期間延長登録による存続期間の延長によって、競合他社(特にジェネリック医薬品業者)の特許医薬品への参入を阻みたいとのニーズがより強くなっていると思われます(これは特許制度の正当な利用として当然のことと思います)。

 しかし、先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力の範囲が、例えば、先行処分に係る先行医薬品そのものに限定されるなど、あまりに狭いと、

 後行処分が必要な後行医薬品であっても、先行医薬品と有効成分が同じである等、先行医薬品に類似する場合、先行処分に基づき短期間で承認がなされ、存続期間の延長された特許権の実効性が確保できない事態になりかねません。

 特許庁は、このような先発医薬品業界と後発医薬品業界の利害も十分考慮して公平な制度設計又は制度運用をしなければなりません。

 そこで、特許庁は、存続期間延長登録出願の審査段階で、存続期間が延長された特許権の効力の範囲が狭くなりすぎないように解釈して、後発医薬品の存続期間延長登録出願を拒絶する運用をしようとしていたと考えられます。

(2) 一方、特許庁の審査基準は、以下のような課題に直面していました。

① 特許庁の解釈について考慮すべき事項1及び2が解決できない。

② 後発医薬品が、薬物輸送システム(DDS)等の新技術である場合、

先行医薬品と物(有効成分)及び用途(効能・効果)が同一であっても、

薬事法に基づく承認が必要で、承認に相応に時間を要する場合があり、

先行医薬品と同一の出願人による後発医薬品の存続期間延長登録出願が拒絶されてしまうリスクがある(「放出制御組成物事件」での本件医薬品はDDSに関するものでした)。

 特許庁は、この課題を解決すべく、特許庁と業界関係者で構成する産業構造審議会ワーキンググループで議論していた最中に、「放出制御組成物事件」が最高裁まで進んでしまったため、最高裁の判決も考慮した改訂審査基準がなされたことになります。

 産業構造審議会ワーキンググループの討議状況は、リンク先のブログで詳細に解説されていますので、参考にして下さい。


3.今後の展開

(1) 私見では以下のように考えます。

 特許庁の基準は、特許庁の解釈について考慮すべき事項1及び2(特に2)の問題が解消しなければ、行政訴訟上の争いで特許制度のユーザーを巻き込んで多大な時間と労力を費やさなければならないだけでなく、審査運用上も、後日裁判で審査結果が覆るリスクを抱え、特許制度のユーザーに本来無用の時間と種々費用を負担させることになりかねません。

 特許制度のユーザーが安心して制度を利用できることを優先して、まずは、特許庁は、特許法67条の3第1項1号の該当性についての判断を、特許庁の解釈について考慮すべき事項1及び2が問題とならない知財高裁の基準に合わせて行った方がよいように思います。

 存続期間が延長された特許権の効力の範囲は、侵害訴訟の場面での裁判所の判断の蓄積を待って検討してもよいと思いますし、その場合、裁判所が公正な判断をするための一助として、先発医薬品業者と後発医薬品業者の利害を考慮して特許庁の考え方を論文等で報告する努力をすべきようにも思います。

(2) 「ヒト化抗VEGF抗体事件」は最高裁に上告されたとのことですので、最高裁が受理した場合に、改訂審査基準についてどう判断するかが注目されます。

(3) また、「ヒト化抗VEGF抗体事件」知財高裁大合議判決と同日に、別の特許権の存続期間延長登録出願に関する審決取消訴訟事件の知財高裁判決例(平成24年行ケ第10399号)(富田善範裁判長)がなされました。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140606110656.pdf

 この判決例では、知財高裁は、先行処分により特許発明の実施の禁止が解除されているため、本件処分を受けることは、特許発明の実施に必要であったとは認められない、という特許庁と同様の論理を展開して、なんと、原告(出願人)の請求を棄却しました。

 こちらも上告されれば、最高裁が、知財高裁で判断が分かれた特許庁の改訂審査基準の運用をどう判断するのかが注目されるところです。


(以上)

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