存続期間の延長登録出願に関する2つの審決取消訴訟(その4)


 前回まで、よく似た経過を辿っている、特許権の存続期間延長登録出願に関する2つの審決取消訴訟事件(「放出制御組成物事件」及び「ヒト化抗VEGF抗体事件」)の判決例の概要を紹介しました。

 今回と次回で、この2事件の背景も含めた全体像を整理してみました。

 以下のブログと論文が、2事件の背景を理解するのに有益で、参考にさせていただきました。

 http://thinkpat.seesaa.net/article/399695591.html

 http://web.sapmed.ac.jp/ipm/papers/jpaapatent201109_059-071.pdf

 特許庁と知財高裁で適用の仕方が異なった特許法第67条の3第1項1号を以下に掲載します。

〔特許法67条の3第1項1号〕

 審査官は、特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号のいずれかに該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。

一 その特許発明の実施に 第67条第2項 の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。


A.知財高裁による拒絶理由の適用

 2件とも、存続期間延長登録出願の不服審判時の審理においてなされた拒絶審決の当否が争点です。

 従って、審理においては、審理対象となった出願(以下、本件出願といいます)が拒絶理由として規定される特許法67条の3第1項1号(以下、拒絶理由といいます)に該当するか否かが問題となります。

 知財高裁は、専ら、拒絶理由の要件の該当性を、薬事法の承認対象事項及び特許発明の技術的範囲との関係だけで判断して審決を取り消しており、判断の基準が明確です。

 「放出制御組成物事件」では、最高裁が知財高裁の拒絶理由の要件の該当性に対する判断を支持しました。

1.「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実

(1)知財高裁は、2事件において、まず、

「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」

との事実の存否の判断の基準として、

① 「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと、及び、

② 「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為に含まれる

ことが前提となり、審査官が、

① 「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件)、又は、

② 「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」(第2要件)

のいずれかを選択的に論証できた場合に本件出願を拒絶できると判示しました。

(2)知財高裁は、2事件において、審決が言及する先行処分の対象となった医薬品が、

 「放出制御組成物事件」では、本件発明の技術的範囲に含まれず、

 「ヒト化抗VEGF抗体事件」では、本件発明の技術的範囲に含まれる

という事情の相違に応じて、本件出願の拒絶理由の存否を検討しています。

2.「放出制御組成物事件」における知財高裁の判断

(1)拒絶理由の第1及び第2要件の該当性の判断

 知財高裁は、原告の主張通り、

「本件処分・・・によって,本件医薬品の製造等に関する禁止が解除されたこと」と、

「・・・禁止が解除された行為が,本件発明の実施に当たる行為を含んでいる」ことを認定し、拒絶理由の第1及び第2要件を充足しないので拒絶理由を有さないと結論しました。

(2)先行処分の位置づけ

 知財高裁は、審決が言及した先行処分の対象となった先行医薬品については、

・本件発明の技術的範囲に含まれないこと、及び

・先行処分を受けた者が,本件特許権の特許権者である原告でもなく,専用実施権者又は登録された通常実施権者でもないこと

を理由に、先行処分によって禁止が解除された先行医薬品の製造行為等は、本件発明の実施行為に該当しない、即ち、拒絶理由の第1及び第2要件の該当性の判断に影響を与えないと認定しました。

3.「ヒト化抗VEGF抗体事件」における知財高裁の判断

(1)禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲

 知財高裁は、「政令で定める処分」である薬事法14条1項又は9項に基づく承認の審査対象は、

「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性」

に関する事項によって特定された医薬品であるが、

 承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は、上記審査事項のうち、

「成分、分量、用法、用量、効能、効果」

によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると整理しました。

(2)先行処分の対象となった先行医薬品の製造販売等の行為の認定

 知財高裁は、先行医薬品の製造販売等の行為を以下のように認定しました。

・有効成分:「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」;

・効能又は効果:「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」;及び

・用法及び用量:「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人には、ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。」とする医薬品の製造販売。

(3)本件処分の対象となった本件医薬品の製造販売等の行為の認定

 知財高裁は、本件医薬品の製造販売等の行為を、以下のように認定しました。

・「他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」との用法・用量によって特定される使用方法;及び

・上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為。

(4)本件医薬品の製造販売等の行為の禁止の解除の存否

 知財高裁は、用法・用量の観点から、本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は、先行処分では解除されておらず、本件処分によって解除されたと認定しました。

(5)拒絶理由の第1及び第2要件の該当性の判断

 知財高裁は、以上から、本件出願は、拒絶理由の第1及び第2要件を充足しないと判断しました。


B.特許庁による拒絶理由の適用の経緯

 特許庁による拒絶理由の適用の経緯は、審査基準の経緯を辿ると理解し易いのですが、「ヒト化抗VEGF抗体事件」判決例で、知財高裁が、存続期間延長登録出願の拒絶理由の審査基準の経緯を整理してくれていますので、紹介します(筆者が適宜改行し。下線を付しています)。

 特許庁の拒絶理由の適用の運用は非常に分かり難いものです。

〔旧審査基準に基づく運用〕

 旧審査基準(平成23年12月28日改定の前の審査基準)では、以下の運用がなされました。

(1)前提

「特許法67条の3第1項1号規定・・・の「特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」の要件については,

 「薬事法等の規制法の本質は,その立法の趣旨からみて,ある特定の物(又は特定の用途に使用する物)を製造・販売等することを規制することにあるから,

 処分において特定される多数の事項のなかで物(又は,物と用途)が最も重要な事項となる。」

(2)「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実

「物が同一である処分(処分において用途が特定されている場合にあっては,物と用途の双方が同一である処分)が複数ある場合には,そのうちの最初の処分を受けることによってその物(又はその用途に使用するその物)について特許発明の実施ができることとなったため,

 その後の処分を受けることは,特許発明の実施に必要であったとは認められない。

 有効成分(物)及び効能・効果(用途)が同一であって製法,剤型等のみが異なる医薬品に対して承認が与えられている場合には,そのうちの最初の承認に基づいてのみ延長登録が認められる。」

 先行処分、本件処分等の言葉で上記を言い換えると以下のようになります。

物(有効成分)と用途(効能・効果)の双方が同一である先行処分がある場合、

 その先行処分により、その物と用途について特許発明の実施の禁止が解除されているため、本件処分を受けることは、特許発明の実施に必要であったとは認められない。>

(3)知財高裁による旧審査基準の評価

 旧審査基準による上記運用に対して、知財高裁は以下のように判示しています。

「旧審査基準では,先行処分に基づく製造販売等が当該特許発明の技術的範囲に含まれないとの観点(前記第2要件)について、全く考慮がされていなかった点で、特許法67条の3第1項1号の規定と整合しない運用がされていたと解される。」

 結局、旧審査基準の運用は、「放出制御組成物事件」で、知財高裁及び最高裁によって否定されました。

 そこで、「特許庁は,上記最高裁判決を受けて,平成23年12月28日,特許法67条の3第1項1号規定の拒絶査定に関する運用を,以下のとおり改訂」しました。

〔改訂審査基準に基づく運用〕

(1)「特許発明の実施」の解釈

「・・・特許発明は、技術的思想の創作を「発明特定事項」・・・によって表現したものであるから、

 同法67条の3第1項1号の判断において、「特許発明の実施」は、

 処分の対象となった医薬品その物の製造販売等の行為ととらえるのではなく、

 処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち・・・「発明特定事項に該当する事項」・・・によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえ、

 用途を特定する事項を発明特定事項として含まない特許発明の場合には、「特許発明の実施」は、処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち・・・発明特定事項及び用途に該当する事項・・・によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきであるとした。」

(2)「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実

「当該処分の対象となった医薬品の「発明特定事項(及び用途)に該当する事項」を備えた先行医薬品についての先行処分が存在する場合には、

 特許発明のうち、当該処分の対象となった医薬品の「発明特定事項(及び用途)に該当する事項」によって特定される範囲は、先行処分によって実施できるようになっていたといえ、拒絶理由が生じるとした。」

 先行処分、本件処分等の言葉で上記を言い換えると以下のようになります。

<本件医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する事項」を備えた先行医薬品についての先行処分が存在する場合には、

 特許発明のうち、本件医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される範囲は、先行処分により特許発明の実施の禁止が解除されているため、

本件処分を受けることは、特許発明の実施に必要であったとは認められない。>

(3)「放出制御組成物事件」最高裁判決との関係

「放出制御組成物事件」最高裁判決は、

「上記最高裁判決は、特許権の存続期間の延長登録出願の理由となった薬事法14条1項による製造販売の承認に先行して、当該処分の対象となった医薬品と有効成分並びに効能及び効果を同じくする医薬品について同項による製造販売の承認がされている場合であっても、先行処分の対象となった医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る特許発明の技術的範囲にも属しないときは、先行処分がされていることを根拠として、当該特許権の特許発明の実施に当該処分を受けることが必要であったとは認められないということはできないと判示」しました。

 下線部を言い換えると、以下のようになります。

<先行医薬品が、本件特許発明の技術的範囲に属しないときは

 先行処分がされていることを根拠にして、

 本件処分を受けることは、特許発明の実施に必要であったとは認められない、

ということはできない。>

 特許庁は、これを、以下のように理解したと思われます。

<先行医薬品が、本件特許発明の技術的範囲に属するときは

 先行処分がされていることを根拠にして、

 本件処分を受けることは、特許発明の実施に必要であったとは認められない、

ということができる。>

(4)知財高裁による改訂審査基準の評価

 改訂審査基準は、旧審査基準よりもさらに分かり難いのですが、知財高裁は以下のように改訂審査基準の運用も否定しました。

「上記最高裁判決及び知財高裁判決は,審決が,先行処分の対象となった医薬品が延長登録出願に係る特許権の特許発明の技術的範囲に属しない場合であっても,後の処分の対象となった医薬品との間で,有効成分及び効能・効果が同一であれば,後の処分に基づく延長登録を認めないと判断したことに対し,後の処分に基づく延長登録出願が特許法67条の3第1項1号所定の拒絶要件に該当しないとの結論を導く過程で,「特許発明の技術的範囲」との関係に言及したものにすぎない。

 特許庁による審査基準の上記改定は,上記最高裁判決が判示するところを超えて,独自の立場からされたものであり,前記のとおり,同号の規定の文言から離れるものであって,これを採用することはできない。」


 このように、特許法第67条の3第1項1号の該当性について、知財高裁の判断基準が明確で理解し易い一方で、特許庁が何故理解し難い判断基準を設けるのかについては、次回説明します。

(次回に続く)

柴特許事務所:

〒162-0063 東京都新宿区市谷薬王寺町53市谷薬王寺ビル3F

電話:      03-6709-8201

Fax:     03-6709-8202

e-mail:  pv43819@zb3.so-net.ne.jp

Copyright © 2015: Daisuke SHIBA, made with Sparkle