存続期間の延長登録出願に関する2つの審決取消訴訟(その1)


 先月(平成26年5月30日)、特許権の存続期間延長登録出願に関する審決取消訴訟事件(以下、「ヒト化抗VEGF抗体事件」といいます)において、知財高裁判決(飯村敏明裁判長)が製薬会社側の訴えを認め、特許庁の審決を取り消しました。

 特許法第67条の3第1項1号に規定される拒絶理由の解釈が焦点になりましたが、

 飯村裁判長は、特許権の存続期間延長登録出願に関する審決取消訴訟事件(以下、「放出制御組成物事件」といいます)において、3年前(平成23年4月28日)に最高裁が支持した知財高裁判決(飯村敏明裁判長)と全く同じ論理を展開して条文解釈しています。

 上記2つの審決取消訴訟事件について整理してみました。

 今回は、「放出制御組成物事件」判決例について説明します。

条文解釈の対象となる特許法第67条の3第1項1号を以下に掲載します。


〔特許法第67条の3第1項1号〕

 審査官は、特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号のいずれかに該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。

一 その特許発明の実施に 第67条第2項 の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。

 また、審決が基礎とした特許法第68の2を以下に掲載します。


〔特許法第68条の2〕

 特許権の存続期間が延長された場合・・・の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた 第67条第2項 の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。


A.放出制御組成物事件(平成20年行ケ第10460号)知財高裁判決例

A.1.特許庁の判断

(1)本件特許

〔本件特許請求項1〕

 薬物を含んでなる核が,(1)水不溶性物質,(2)硫酸基を有していてもよい多糖類,ヒドロキシアルキル基またはカルボキシアルキル基を有する多糖類,メチルセルロース,ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリエチレングリコールから選ばれる親水性物質および(3)酸性の解離基を有しpH依存性の膨潤を示す架橋型アクリル酸重合体を含む被膜剤で被覆された放出制御組成物。


 原告は、特許第3134187号の特許(以下、本件特許)の特許権者である。

(2)存続期間の延長登録出願

 原告は、平成17年12月16日、本件特許につき特許権の存続期間の延長登録の出願(以下、本件出願)をした。

〔本件処分〕

ア.延長登録の理由となる処分:薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認

イ.処分を特定する番号(承認番号):21700AMZ00737000

ウ.処分の対象となった物

(ア) 処分の対象となった医薬品(販売名):パシーフカプセル30mg

(イ) 処分の対象となった医薬品の有効成分(一般名称):塩酸モルヒネ

エ.処分の対象となった物について特定された用途(効能・効果):

中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛

通常、成人には塩酸モルヒネとして1日30~120mgを1日1回経口投与する。

なお,年齢,症状により適宜増減する。


 原告は、延長の理由として,原告が平成17年9月30日に次の処分(以下、本件処分)を受けたことを主張した。

(3)審査

 原告は,本件出願について,平成18年8月9日付けで拒絶査定を受けたので,同年9月20日,これに対する不服の審判を請求した。

(4)審判

 以下の拒絶審決がなされた。

・本件医薬品「パシーフカプセル30mg」は、

「有効成分」は「塩酸モルヒネ」、

「効能・効果」は「中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」である。

・先行医薬品「オプソ内服液5mg・10mg」は、

「塩酸モルヒネ」を

「中等度から高度の疼痛を伴う各種癌における鎮痛」に使用する医薬品であり、

本件処分の前である平成15年3月14日に承認(本件先行処分)され,

同年6月13日に薬価収載され,同年6月26日に販売開始されている。

・従って、

「塩酸モルヒネ」を「有効成分(物)」とし、同一の「効能・効果(用途)」を有する医薬品は、本件処分以前に既に承認されていたので、

当該医薬品の有効成分,効能・効果以外の剤形などの変更の必要上、新たに処分を受ける必要が生じたとしても、

本件発明の実施に特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないから、本件出願は同法67条の3第1項1号の規定により拒絶すべきである,というものである。


A.2.裁判所の判断

(1)根拠法規に対する判示

 裁判所は、

従来,先行処分を理由として特許権の存続期間が延長された後に,さらに処分(後行処分)がされ,後行処分があったことを理由とする延長登録の出願の可否が争われた事案においては,専ら,先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという観点(特許法68条の2)から検討されてきた。本件においても,例外ではなく,審決は,専ら,上記の論点から検討を加えて,結論を導いている。

 しかし,・・・本件を含む,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。」

(下線は筆者が付しました。以下同様です)と判示して、存続期間延長登録出願に対する拒絶理由の有無を判断するに際して、

 特許庁が、特許法68条の2の観点を経由して特許法67条の3第1項1号を適用してきたのに対して、

 裁判所は、特許法67条の3第1項1号を直接適用する立場を表明しました。

(2)審決の判断基準に対する判示

 次に、裁判所は、

「そこで,まず,その観点から検討する。

1 特許法67条の3第1項1号該当性の誤り

・・・審決の上記判断には,以下のとおり誤りがある。」

として、審決の特許法67条の3第1項1号該当性の判断に誤りがあると指摘しました。

(3)特許法67条の3第1項1号の要件

 続いて、裁判所は、特許法68条の2の観点を経由して特許法67条の3第1項1号を適用する特許庁の従来の運用を、以下のような論理で否定しました。

「ア 特許法67条の3第1項1号の要件

 特許法67条の3第1項は,柱書きにおいて「審査官は,特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは,その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と,1号において,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,それぞれ規定している。

 上記規定によれば,特許権の存続期間の延長登録の出願に関し,同条1号所定の拒絶査定をするための処分要件(要件事実)は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分(判決注本件においては,薬事法14条1項所定の医薬品の承認)を受けることが必要であつたとは認められないとき」であり,そのいわゆる主張,立証責任は,あげて,拒絶査定をする被告において負担する。」

「・・・被告は,特許権の存続期間に関する特許法67条2項において,「・・・当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定されていることから,「当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要する」ことを,逆に,延長登録をすべき旨の査定をするための要件であるかのような主張をする。しかし,被告の同主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,特許法67条2項の上記部分は,どのような処分を特許権の存続期間の延長の理由とすべきかに関して,特許法が政令に委任するに当たり,処分の目的・手続等の観点から一定の制約を設けた規定にすぎないのであって・・・,上記の事項が,個別的具体的な事案において,延長登録をすべき旨の査定をするための処分要件になるものではない。」

(4)特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

次に裁判所は存続期間延長登録制度の趣旨について判示しました。

「イ 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

・・・なお,政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。

・・・特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。」

(5)延長登録出願を拒絶するための要件

裁判所は、存続期間延長登録制度の趣旨に鑑み、以下のように判示しました。

「そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,

①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び

②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。

 以上の点を前提として整理する。

 特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,

①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,

又は,

②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことを論証する必要があるということになる・・・。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。

(6)本件事案へのあてはめ

 裁判所は、上記の存続期間延長登録出願を拒絶するための要件を、本件事案に以下のように当てはめました。

「・・・本件においては,・・・,原告は,

①平成17年9月30日,本件医薬品について,本件処分を受け,同処分によって,本件医薬品の製造等に関する禁止が解除されたこと,また,

本件処分によって禁止が解除された行為が,本件発明(本件発明15を除く。)の実施に当たる行為を含んでいることについて,先行的に主張していることが認められる。

 そうすると,上記原告の先行的主張が肯定される場合には,特許法67条の3第1項1号所定の「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」との延長登録出願を拒絶する要件を充足しないことになる。」

 さらに、審決が指摘した本件の先行処分は、本件の延長登録出願の拒絶理由の判断に影響がないことを判示しました。

「ところで,本件においては,本件処分の前である平成15年3月14日に,先行医薬品を対象とする本件先行処分がされている。

しかし,本件先行処分の対象となった先行医薬品は,

 本件発明の技術的範囲に含まれないこと,

 本件先行処分を受けた者が,本件特許権の特許権者である原告でもなく,専用実施権者又は登録された通常実施権者でもないことは,当事者間に争いがなく,

 本件先行処分によって禁止が解除された先行医薬品の製造行為等は本件発明の実施行為に該当するものではない

 本件においては,本件先行処分が存在するものの,本件先行処分を受けることによって禁止が解除された行為が,本件発明の技術的範囲に属し,本件発明の実施行為に該当するという関係が存在するわけではない。

 したがって,本件先行処分の存在は,本件発明に係る特許権者である原告にとって,本件発明の技術的範囲に含まれる医薬品について薬事法所定の承認を受けない限り,本件発明を実施することができなかった法的状態の解消に対し,何らかの影響を及ぼすものとはいえない

 本件先行処分の存在は,本件発明の実施に当たり,「政令で定める処分」(本件では薬事法所定の承認)を受けることが必要であったことを否定する理由とならない

・・・上記検討したところによれば,・・・医薬品における『物』と『用途』の解釈・・・の当否にかかわらず,本件先行処分の存在を理由として,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号により拒絶すべきであると判断した点に誤りがあり,この誤りが審決の結論に影響することは明らかである。」


(次回に続く)

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