韓国における数値限定発明の審査基準


A.韓国特許庁からの拒絶理由

 韓国特許庁から、国内顧客の内外出願について、以下のような拒絶理由が届きました。

 クレームでは、本願組成物中、

 成分Aが0.1~20重量%、成分B0.1~40重量%と規定されているが、

 実施例では、

 成分Aが5~8重量%、成分Bが10~15重量%の範囲でしか効果が確認されていないので、クレームされた成分A及びBの組成について実施可能要件(韓国特許法第42条第3項第1号)を満たさない。


B.韓国代理人のコメント

 上記の拒絶理由に対して、韓国の現地代理人が以下のようにコメントしました。

「韓国の審査実務では、数値限定発明は、引用発明に対して臨界的意義を有することが必要とされるので、出願人様にて、数値限定事項を境界として、発明の作用・効果に顕著な変化があり上限値及び下限値が臨界値であるということを、詳細な説明中の実施例等で説明するか、実験データを提出して説明することをお奨めします。」

 この現地代理人のコメントを読んで、私は困りました。

 国内顧客の出願に係る数値限定発明の多くは、数値限定対象の物性による発明の特定が、漠然と広くて、サポート要件や明確性要件を具備しないことを回避するために、念のため数値限定している場合が多く、その数値範囲の臨界的意義を考慮して数値範囲を限定しているわけではない場合が多いからです。

 そのため、多くの出願で、出願時に、数値範囲の臨界的意義を示すための実験は行っておらず、その結果、実施例で臨界的意義を説明することが困難であり、審査段階で、数値範囲の臨界的意義を示すためには実験データを提示するしか方法がない、などということになっては、実施可能要件不備の指摘に対応するために、その都度、精密な実験を行わなければならず、出願人には、出願審査対応だけのために膨大な時間と労力の負荷がかかります。

 上記拒絶理由通知を受けた顧客も、審査段階で、数値範囲の臨界的意義を示すための実験データを取ることはとてもできないことは予想されていました。

 それでは、この出願の権利化はあきらめるしかないのか、ということになってしまいます。


C.韓国における数値限定発明の審査基準

 そこで、拒絶理由通知と現地代理人のコメントを、もう一度比べながら読んでみました。

 そうすると、現地代理人は「引用発明に対して臨界的意義を有すること」と説明していますが、拒絶理由通知は、実施可能要件不備の理由を示しているだけで、何らの引用文献も挙げていないことに思いあたりました。

 そこで、これは一度、韓国審査基準に当たって確認した方がよいということになりました。

 そうすると、韓国審査基準は、実施可能要件と新規性・進歩性の審査において、数値限定発明の取り扱いについて、以下のように説明していることがわかりました。

 なお、以下では、JETRO seoul 知的財産チームの2013年7月版「韓国特許庁審査指針書」(本報告では、韓国審査基準といいます)(http://www.jetro-ipr.or.kr/lawJudge_tokkyo.asp)を参考にしました。


(1)実施可能要件(韓国特許法第42条第3項第1号)の審査の場合

 韓国審査基準第2部第3章2.3.2(3)②に、以下のように説明されています(筆者が適宜改行し、下線を付しました。以下同様です)。

「発明が容易に実施されるためのパラメータに関する具体的な技術内容としては、

(i)パラメータの定義又はその技術的意味に関する説明、

(ii)パラメータの数値限定事項が含まれている場合、数値範囲及び数値範囲を限定した理由、

(iii)パラメータの測定のための方法、条件、器具に関する説明、

(iv)パラメータを満たす物を製造するための方法に関する説明、

(v)パラメータを満たす実施例、

(vi)パラメータを満たしていない比較例及び

(vii)パラメータと効果との関係に関する説明等がある。」

 審査官は、おそらく、上記の下線部分を基準にして拒絶理由通知をしたものと思われます。

(2)新規性(特許法第29条第1項)・進歩性(特許法第29条第2項)の審査の場合

 韓国審査基準第3部第4章4.3.1には、以下が説明されています。

「(2)請求項に記載された発明の数値範囲が引用発明が記載されている数値範囲に含まれる場合には、その事実のみをもって直ちに新規性が否定されるのではなく、数値限定の臨界的意義によっては新規性が認められ得る。

 数値限定の臨界的意義が認められるためには、数値限定事項を境界として、特性、すなわち発明の作用・効果において顕著な変化がなければならないのであって、

①数値限定の技術的意味が詳細な説明に記載されていなければならず、

②上限値及び下限分が臨界値であるということが詳細な説明中の実施例又は補助資料等により立証されなければならない。臨界値であるという事実が立証されるためには、通常、数値範囲の内と外をすべて含む実験結果が提示されて、臨界値であることが客観的に確認可能でなければならない。

 韓国審査基準第3部第6章6.4.2には、以下が説明されています。

「公知の技術から実験的に最適又は好適の数値範囲を選択することは、一般的には、通常の技術者が有する通常の創作能力の発揮に該当し、進歩性が認められない。しかし、請求項に記載された発明が限定された数値範囲内において引用発明の効果に比べてより良い効果を有するときには、進歩性を認めることができるこの場合における効果は、数値限定範囲全体で満たされる顕著に向上した効果をいい、数値限定の臨界的意義の必要性については、次のように判断する。

(1)請求項に記載された発明の課題が引用発明と共通し、効果が同質である場合には、その数値限定の臨界的意義が要求される。

(2)請求項に記載された発明の課題が引用発明と相違し、その効果も異質である場合には、数値限定を除いた両発明の構成が同一であっても、数値限定の臨界的意義を要しない。

 数値限定の臨界的意義が認められるためには、数値限定事項を境界として特性、すなわち、発明の作用・効果に顕著な変化がなければならず、

①数値限定の技術的意味が詳細な説明に記載されており、

②上限値及び下限値が臨界値であるということが詳細な説明中の実施例又は補助資料等から立証されなければならない。臨界値であるという事実が立証されるためには、通常、数値範囲の内と外をすべて含む実験結果が提示され、臨界値であることが客観的に確認可能でなければならない


D.結論

 韓国審査基準は、よく読めば、我が国の数値限定発明の審査基準と大きく異なるところはなく、数値範囲の臨界的意義が問題になるのは、新規性及び進歩性の審査に関係するところだけであり、実施可能要件の審査においては言及がありませんでした。

 そこで、先に挙げた現地代理人のコメントは現地代理人の勇み足であろうと思い、実施可能要件不備の指摘に対しては、数値範囲の臨界的意義は考慮する必要がないのではないかと問い合わせたところ、現地代理人からその通りだとの返事をいただき、筆者もほっとしました。


 内外出願先の出願国の審査実務は、現地代理人の方が筆者よりも当然に熟知していることを前提に業務を行っていますが、現地代理人でも勘違いすることがあるので、その国の特許法と審査基準のその都度の確認は怠ってはいけないことを肝に銘じた次第です。


以上

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