「雪月花事件」再考(その2)


 「雪月花事件」は、平成24年の著作権法改正で新たに導入された、写り込んだ著作物の利用を規定した著作権法第30条の2(付随対象著作物の利用)の典型的事例といわれています。

 著作権法第30条の2が導入される少し前に、私が受けた弁理士会支部の著作権研修で、講師から、「雪月花事件」判決例は、いわゆるフェアユースの観点からみれば、当然の内容であり高裁はよくぞ判断した、というような解説を受けましたが、非常に違和感がありました。

 前回は、「雪月花事件」判決例の構造まで踏み込んで、この違和感について整理してみた結果、「雪月花事件」では、原告側が著著作者人格権である同一性保持権の侵害に基づき本件カタログの製造販売の差止請求をしていたら、裁判所の判断は変わったかもしれないとの結論でありました。

 今回は、著作権法第30条の2(付随対象著作物の利用)と「雪月花事件」との関係について整理したいと思います。

 命題は「果たして、「雪月花事件」における本件書が写り込んだ本件カタログは、著作権法第30条の2(付随対象著作物の利用)の典型的適用対象といえるのか」です。

 なお、「本件書」及び「本件カタログ」は、「「雪月花事件」再考(その1)」で定義しているので断りなく使用しましたが、後段で改めて説明します。


A.写り込んだ著作物の利用について

 平成24年の著作権法改正で、著作権法に、以下の条文が新たに加わりました。

著作権法第30条の2(付随対象著作物の利用)

第1項 写真の撮影,録音又は録画(以下この項において「写真の撮影等」という。)の方法によつて著作物を創作するに当たつて,当該著作物(以下この条において「写真等著作物」という。)に係る写真の撮影等の対象とする事物又は音から分離することが困難であるため付随して対象となる事物又は音に係る他の著作物(当該写真等著作物における軽微な構成部分となるものに限る。以下この条において「付随対象著作物」という。)は,当該創作に伴つて複製又は翻案することができる。ただし,当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該複製又は翻案の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。

第2項 前項の規定により複製又は翻案された付随対象著作物は,同項に規定する写真等著作物の利用に伴つて利用することができる。ただし,当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。


 文化庁はこの条文の趣旨について以下のように解説します。

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/gaiyou/riyouhouhou.html

「著作物の創作や利用に際しては,例えば,写真撮影やビデオ収録の際,背景に著作物であるキャラクターが写り込んでしまうといったことや,キャラクターが写り込んだ写真等をブログ等に掲載するといったことが行われています。こうした写り込んでしまった著作物の利用は,通常著作権者の利益を不当に害するものではありませんが,著作権侵害に問われるおそれがありました。

 このため,写真の撮影等の方法によって著作物を創作するに当たって,当該著作物(写真等著作物)に係る撮影等の対象とする事物等から分離することが困難であるため付随して対象となる事物等に係る他の著作物(付随対象著作物)は,当該創作に伴って複製又は翻案することが侵害行為に当たらないことを明確にしました。(第1項)

 また,複製又は翻案された付随対象著作物は,写真等著作物の利用に伴って利用することが侵害行為に当たらないことを明確にしました。(第2項)」


 文化庁は、本条の対象となる著作物の利用行為として以下を例示しています。


「〇写真を撮影したところ,本来意図した撮影対象だけでなく,背景に小さくポスターや絵画が写り込む場合

〇街角の風景をビデオ収録したところ,本来意図した収録対象だけでなく,ポスター,絵画や街中で流れていた音楽がたまたま録り込まれる場合

〇絵画が背景に小さく写り込んだ写真を,ブログに掲載する場合

〇ポスター,絵画や街中で流れていた音楽がたまたま録り込まれた映像を,放送やインターネット送信する場合」


 文化庁は、本条の対象とならず,原則として著作権者の許諾が必要となる場合を以下のように例示しています。


「〇本来の撮影対象として,ポスターや絵画を撮影した写真を,ブログに掲載する場合

〇テレビドラマのセットとして,重要なシーンで視聴者に積極的に見せる意図をもって絵画を設置し,これをビデオ収録した映像を,放送やインターネット送信する場合

〇漫画のキャラクターの顧客吸引力を利用する態様で,写真の本来の撮影対象に付随して漫画のキャラクターが写り込んでいる写真をステッカー等として販売する場合」


 文化庁による趣旨の説明と上記例示をみると、写真等著作物を創作するにあたり、写り込んでしまう著作物を意図的に利用していない場合が、本条の対象となる付随対象著作物であると想定されているように思います。


B.「雪月花事件」(東京高裁:平成11年(ネ)第5641号)との関係

B-1.「雪月花事件」の概要

 原告(書家)は自己の創作に係る書「雪月花」(以下、本件書という)をデパートで展示販売した。

 被告(照明器具の製造販売業者)は、本件書を購入し、モデルルームの和室の床の間に飾り、モデルルームの宣伝用写真を撮影し、その写真を照明器具の宣伝広告用カタログ(以下、本件カタログという)に掲載した。

 被告の行為が、原告の有する複製権、翻案権、氏名表示権及び同一性保持権を侵害したと主張して、原告が被告らに対し、損害賠償を請求した。

 裁判所は、

「本件各カタログ中の本件各作品部分は、上質紙に美麗な印刷でピントのぼけもなく比較的鮮明に写されているとはいえ、・・・、本件各作品の現物のおおむね50分の1程度の大きさに縮小されていると推察されるものであって、・・・書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分が再現されているということはできず、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為が、本件各作品の複製に当たるとはいえないというべきである。」として、本件カタログ中に写り込んでいる書「雪月花」は、もはや本件書の複製物ではないと判断しました。


B-2.著作権法第30条の2第1項へのあてはめ

(1)本件カタログは「写真等著作物」か

 「雪月花事件」における本件カタログは、写真の撮影の方法によって創作されているので、本件カタログ自体に著作物性があれば、本件カタログは「写真等著作物」ということになります。ここでは、本件カタログは、「写真等著作物」であるということにしましょう。

(2)モデルルームは「写真の撮影の対象となる事物」か

 「雪月花事件」におけるモデルルームは、「写真等著作物」である本件カタログに係る写真の撮影の対象となる事物です。

(3)本件書は「付随対象著作物」か

 本件書は、モデルルームの構成要素としてモデルルームの和室の床の間に飾られています。

 本件書が、モデルルームから分離することが困難であれば、本件書は、「付随対象著作物」となりえます。

 しかし、本件書は、撮影者の所有物であり、モデルルームの構成要素として撮影者が意図して飾ったものですから、「写真等著作物」の創作に当たって、モデルルームから分離することが困難とは言えないのではないでしょうか。

 また、床の間に飾られた本件書は、モデルルームの構成要素の一部にすぎませんが、和室の雰囲気を決定づける重要な要素であるともいえます。従って、本件書は「写真等著作物における軽微な構成部分」とは言い切れないのではないでしょうか。

 してみますと、本件書を「付随対象著作物」と言い切るのには無理があります。

(4)本件書は複製されたか

 「雪月花事件」では、本件カタログに移し込まれた書「雪月花」は、本件書を複製したものではないと裁判所に判断されました。

(5)結論

 以上から、「雪月花事件」では、本件書が「付随対象著作物」であると言い切れないため、本件カタログを創作するに伴って、本件書を複製していれば、複製権を侵害することになりそうです。

 但し、「雪月花事件」では、本件カタログにおいて本件書が複製されていないことになったので、少なくとも複製権は侵害していない、ということになります。


B-3.著作権法第30条の2第1項と「雪月花事件」の関係

 著作権法第30条の2第1項が、写真等著作物の分離困難であった軽微な構成部分のあくまで意図しない利用に対して財産権としての著作権の行使を制限する規定であるとすれば、

 写真等著作物の分離困難とはいえなかった軽微とはいえない構成部分の意図的であると思われる「雪月花事件」における書の利用に対して、典型的に適用できるというのは本質がずれているように思います。


 「雪月花事件」における「本件カタログ」は、著作物であってもなくても、著作物である「本件書」を利用した二次的創作物であり、著作物たる「本件書」の著作物性を損なうまでに同一性を損なう改変(サイズの縮小)をして利用しています。

 このような場合、「本件書」の著作者人格権が保護されうるのか、というのが「雪月花事件」の本質であり、極めて古典的な著作者人格権の問題であったと思われます。


 従って、「雪月花事件」が提起した命題は、米国由来のフェアユースの観点から、写り込んでしまう著作物に基づく財産権たる著作権の行使を制限しようとする著作権法第30条の2第1項の趣旨とは、本質的に異なるのではないか、というのが、今回の考察の結論ということになりました。


以上

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