「雪月花事件」再考(その1)
Mr. Rollin が、ユニクロの「UTme!」サービスと著作権の関係について、突っ込んだ考察をされていますが、
ここで話題になっていた「著作権」と「著作者人格権」について、「雪月花事件」を題材に考えてみました。
「雪月花事件」は、平成24年の著作権法改正で新たに導入された、写り込んだ著作物の利用を規定した著作権法第30条の2(付随対象著作物の利用)の典型的事例といわれています。
著作権法第30条の2が導入される少し前に、私が受けた弁理士会支部の著作権研修で、講師から、「雪月花事件」判決例は、いわゆるフェアユースの観点からみれば、当然の内容であり高裁はよくぞ判断した、というような解説を受けましたが、非常に違和感がありました。
この違和感、永い間もやもやしていたのですが、一度整理してみることにしました。
A.「雪月花事件」(東京高裁:平成11年(ネ)第5641号)の概要
原告(書家)は自己の創作に係る書「雪月花」(以下、本件書という)をデパートで展示販売した。
被告(照明器具の製造販売業者)は、本件書を購入し、モデルルームの和室の床の間に飾り、モデルルームの宣伝用写真を撮影し、その写真を照明器具の宣伝広告用カタログ(以下、本件カタログという)に掲載した。
被告の行為が、原告の有する複製権、翻案権、氏名表示権及び同一性保持権を侵害したと主張して、原告が被告らに対し、損害賠償を請求した。
B.裁判所の判断
裁判所は、本件カタログ中に写り込んでいる書「雪月花」は、もはや本件書の複製物ではないので、原告の複製権及び翻案権を侵害しておらず、結果として、原告の氏名表示権及び同一性保持権は本件カタログには及ばないと判断した。
カタログ写真中に写り込んでいる書「雪月花」が、本件書の複製物とは言えない理由を、裁判所は、以下ように判示した。
〔書が著作物として成立する要件〕
「書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分は、字体や書体のほか、これに付け加えられた書に特有の上記の美的要素に求めざるを得ない。」
〔書の複製の要件〕
「著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することであって、写真は再製の一手段ではあるが(著作権法2条1項15号)、書を写真により再製した場合に、その行為が美術の著作物としての書の複製に当たるといえるためには、一般人の通常の注意力を基準とした上、当該書の写真において、上記表現形式を通じ、単に字体や書体が再現されているにとどまらず、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった上記の美的要素を直接感得することができる程度に再現がされていることを要するものというべきである。」
〔本件カタログへのあてはめ〕
「本件各カタログ中の本件各作品部分は、上質紙に美麗な印刷でピントのぼけもなく比較的鮮明に写されているとはいえ、・・・、本件各作品の現物のおおむね50分の1程度の大きさに縮小されていると推察されるものであって、「雪月花」、「吉祥」、「遊」の各文字は、縦が約5~8㎜、横が約3~5㎜程度の大きさで再現されているにすぎず、字体、書体や全体の構成は明確に認識することができるものの、墨の濃淡と潤渇等の表現形式までが再現されていると断定することは困難である。」
「そうすると、以上のような限定された範囲での再現しかされていない本件各カタログ中の本件各作品部分を一般人が通常の注意力をもって見た場合に、これを通じて、本件各作品が本来有していると考えられる線の美しさと微妙さ、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった美的要素を直接感得することは困難であるといわざるを得ない。」
「したがって、本件各カタログ中の本件各作品部分において、本件各作品の書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分が再現されているということはできず、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為が、本件各作品の複製に当たるとはいえないというべきである。」
C.著作物の利用の観点からの考察
芸術の創作者が、自ら創作した創作物の著作権に基づいていると信じて訴訟で争うと、まず、その創作物が著作物であるか否かが検討され、著作物ではないと判断される場合も少なくなく、そのような場合、創作者の不本意な無念の感が伝わります。
「雪月花事件」の原告の創作物である書は、著作物性は否定されていませんが、被告による利用のされ方をみると、原告にとっては何とも不本意な判決だったのではないでしょうか。
(1)原告は相応の受賞歴をもつベテランの書家であり、本件書は芸術作品であり、本判決例でも著作物として認定されていると思われます。
原告は、本件書をデパートで展示販売していたとしても、産業デザインとして制作したわけではなく、購入者に、和室の床の間に芸術品として鑑賞してもらうことを意図した一品制作品として制作として展示販売したのだと思います。
即ち、原告は、本件書が鑑賞目的の装飾品として利用されるか、写真に撮影されて利用される場合には、本件書の著作物としての特徴を維持するような複製物として利用されることを想定していたと思います。
言い換えると、原告にとって、本件書を営業用カタログ写真の一要素として写り込ませるような利用態様は極めて不本意であり意に反することであったと思われます。
(2)被告が、本件カタログに、本件書であることが見た者にわかる程度に鮮明に写し込んだことは、被告が、床の間に飾られた本件書の装飾品としての効果を十分に計算して、本件カタログを意図的にデザインしたと考えられます。
このような場合、本件カタログ中で、本件書が芸術品としての表現が複製がなされていない、というだけで、原告の著作権及び著作者人格権が保護されないというのは、何とも腑に落ちませんし、原告にとっても不本意な結果であったろうと思います。
(3)このような著作物の利用態様は、ラジオ番組で、CDアルバムから曲Aを選んで、DJの解説と共に放送する場合に似ていると思います。
この場合、曲Aは、放送の演出効果を十分に計算して、そのラジオ番組の構成要素として意図的に組み込まれます。
一方、曲Aは、CDアルバムを構成するので、ミュージシャンは、本来はそのCDアルバムの他の曲と共に組合せの中で聞かれることを想定しており、曲A単独で聞かれることは意図していない場合があります。
また、ラジオ番組で曲Aを放送するとき、番組の放送時間との関係で、曲半ばでフェードアウトさせたり、曲が演奏されている上からDJの語りを被せたりする場合も少なくありません(「雪月花事件」の場合でいえば、本件カタログを所定のサイズにする関係で、本件書の書としての特徴部分が感得できないほど縮小して利用することが対応するのではないでしょうか)。
そうなると、曲Aは、著作物としての原型を留めないような利用がなされる場合があるともいえます。
従って、ラジオ番組が、曲Aを上記の利用態様で放送する場合は、当然に、著作者人格権を行使しない旨も含めて、ミュージシャンに許諾を求めるでしょう.
「雪月花事件」の場合でも、被告は、自身の営業用カタログに原告の著作物を利用することについて、本来は、原告に許諾を得るべきではなかったかとも考えられます。
D.著作権と著作者人格権の観点からの考察
本判決例では、原告は、複製権、翻案権、氏名表示権及び同一性保持権の侵害に基づき損害賠償請求をしました。
裁判所は、まず、複製権侵害の当否を検討し、本件書の複製はなされていないとの判断を最初に導いたため、全ての権利侵害が否定されてしまいました。
私は、原告が、同一性保持権の侵害に基づく本件カタログの製造販売の差止請求をしていたら、裁判所の判断は変わっていた可能性もあったのではないかと思っています。
(1)同一性保持権
著作権法第20条第1項で同一性保持権は以下のように規定されています。
〔著作権法第20条〕
第1項 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。
この規定は、第三者が著作物を利用する際に、著作者は「その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない」ということである考えられます。
言い換えれば、第三者が著作物を利用するに際しては、原則、その著作物と同一性を維持する範囲で利用しなければならない、ということになります。
(2)「雪月花事件」における同一性保持権の意義
「雪月花事件」の場合では、被告は、営業用カタログ写真の構成要素として、原告の書を利用するに際しては、原則、その書と同一性を維持する範囲で利用しなければならない、ということになります。
即ち、被告が、営業用カタログ写真の構成要素として原告の書を利用するのであれば、その表現上の本質的な特徴(文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢い)を直接感得することができるように利用しなければならない、ということになります。
そうだとすると、被告は、営業用カタログ写真のサイズを十分に大きくしなければならず、そうなると、営業用カタログ写真として利用できません。
従って、被告は、営業上の理由から、表現上の本質的な特徴が感得できないサイズまで原告の書を縮小して利用したことになります。
書が、表現上の本質的な特徴を直接感得されるためには、一定のサイズが必要であることは明らかですので、その表現上の本質的な特徴を直接感得できないほどにそのサイズを縮小することは著作権法第20条第1項にいう「改変」といってよいのではないでしょうか。
著作権法第20条第1項の例外として、同条第2項第4号に「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」が規定されていますが、単なる「営業上の理由」は「やむを得ないと認められる」には入らないのではないでしょうか。
そして、営業用カタログに本件書が利用され、本件書がその表現上の本質的な特徴を直接感得できないほどに縮小されるという改変が伴うのであれば、この改変は著作者の意に反する、ということにもなるように思います。
E.著作権法における著作権と著作者人格権
こうして「雪月花事件」を再考してみると、特許法がパリ条約4条の3を経由して発明者名誉権を保護する程度にしか発明者の人格権を保護していないのに対して、著作権法が著作者の人格権を手厚く保護していることを、改めて認識できます。
従って、著作権法に基づいて権利行使する場合、財産権たる著作権の侵害に基づくのか、著作者人格権の侵害に基づくのかを、少し考えてみてもよいのかもしれません。
前者では、侵害被疑者が著作物を複製して利用していることを立証しなければなりませんが、後者では、侵害被疑者が改変してしまった結果として複製して利用していないことを立証しなければならない場合もありそうなので、どちらに転んだ方が有利かを考えてもよいのかも
しれません。
以上
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