不可解な拒絶理由


A.進歩性に関する不可解な拒絶理由

 拒絶理由通知に記載される拒絶理由は、弁理士向けに書かれているということで、不親切気味の文章でも仕方がないなと思っているのですが、以下のような不可解な拒絶理由の書き方はいかがなものかと思ってしまいます。

 出願発明が「要件A、要件B、要件C及び要件Dを備える物品X」であったとします。

 この出願発明に対して、以下のような拒絶理由がなされることがあります。

「引用文献1には、要件A'及び要件B'を備える物品Xが記載されている。

 引用文献2には、要件C'が記載されている。

 引用文献3には、要件D'が記載されている。

 従って、本願発明は、当業者が、引用文献1、2及び3に基づいて容易に想到できる。」

 これが段落を変えずに書かれるので、3行程度の省エネ記載ということになります。

B.審査基準

 本来、審査官が遵守すべき審査基準(第Ⅱ部第2章)には、進歩性の判断は以下のようにすべきだと説明されています。

(1)請求項に係る発明(発明特定事項)を認定する。

(2)引用発明(引用発明特定事項)を認定する。

(3)請求項に係る発明と引用発明を対比して、発明特定事項と引用発明特定事項の一致点及び相違点を認定する。

(4)この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容及び技術常識から、請求項に係る発明に対して進歩性の存在を否定し得る論理の構築を試みる。

 その結果、論理づけができた場合は請求項に係る発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。

 出願人は、上記(4)にある審査官の論理づけの当否を検討して、不服ある場合は、補正等しつつ反論することになります。

 従って、進歩性不備を拒絶理由にする場合は、拒絶理由通知に審査官の論理づけを出願人に理解できるように記載しなければ、出願人は適切に意見書を書くことができないため、

「審査官は、拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは、特許出願人に対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない」(特許法第50条)の規定が形骸化してしまいます。

C.審査基準との対比

 冒頭の不可解な拒絶理由は、審査基準に当てはめると、(1)、(2)及び(4)が記載されておらず、審査官の論理づけ全く理解できません。

(1)要件A~Dがそれぞれ要件A'~D'であると認定したことが記載されていない。

(2)引用発明特定事項が要件A'~D'であると認定したことが記載されていない。

(4)いかなる観点に基づき引用文献1~3を組合せたかの論理づけが記載されていない。

D.判決例(平成19年(行ケ)第10244号審決取消請求事件)

 冒頭の不可解な拒絶理由の類の拒絶理由を咎めた判決例があります。

 拒絶査定を受けた出願人が不服審判を請求したところ、合議体により進歩性不備が認定され審判請求不成立となったため、さらに審決取消訴訟で争われました。

 原告(出願人)が、

「拒絶査定不服審判請求に係る審決における認定を,審査における認定と大きく変更する場合には,審判合議体は,審判請求人に対し,新たに拒絶理由を通知して意見陳述の機会を与えるべきであるところ,・・・,審判合議体は,原告に対し,新たな拒絶理由を通知して意見陳述の機会を与える手続を採らずに,審査における拒絶の理由と実質的に異なる拒絶の理由によって本件審判請求を不成立とする審決をしたものであるから,審決には,特許法159条2項において準用する同法50条本文・・・の規定に違反した手続違背がある。」

と主張しているところから、審査段階と審判段階での認定が大きく異なっていることが垣間見えます(下線は筆者が付しました。以下、同様です)。

 出願人は、審査段階での認定についてはこれ以上言及せず、専ら審判段階での認定に対して反論を展開しています。

 しかし、裁判所は、審査段階の認定に着目し、以下のように判示しました。

「特許法159条2項は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には同法50条の規定を準用するものと定めている。

これを本件についてみると,前記のとおり,審決は,本願発明は引用発明及び周知技術から容易に想到することができたものであり,特許法29条2項に該当するとしたものであるから,審査段階において上記理由が通知されていることが必要となり,これを欠くときは改めて拒絶理由を通知しなければならないこととなる。そこで,この点について検討すると,・・・,本件拒絶理由通知書には,引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項に該当する旨の記載があり,また,・・・,本件拒絶査定においては,本件拒絶理由通知書に記載した上記理由により特許法29条2項に該当するとしたものであるから,以上によれば,結局,審決前に告知された具体的な拒絶理由は引用例の指摘だけであり,その余は特許法29条2項の条文を摘示したに止まるものといわざるを得ない

ところで,特許法50条が拒絶の理由を通知すべきものと定めている趣旨は,通知後に特許出願人に意見書提出の機会を保障していることをも併せ鑑みると,拒絶理由を明確化するとともに,これに対する特許出願人の意見を聴取して拒絶理由の当否を再検証することにより判断の慎重と客観性の確保を図ることを目的としたものと解するのが相当であり,このような趣旨からすると,通知すべき理由の程度は,原則として,特許出願人において,出願に係る発明に即して,拒絶の理由を具体的に認識することができる程度に記載することが必要というべきである。これを特許法29条2項の場合についてみると,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,原則として,出願に係る発明と対比する引用発明の内容,対比判断の結果である一致点及び相違点,相違点に係る出願発明の構成が容易に想到し得るとする根拠について具体的に記載することが要請されているものというべきである

これを本件についてみると,前記のとおり,本件においては,引用例の指摘こそあるものの,一致点及び相違点の指摘並びに相違点に係る本願発明の構成の容易想到性についての具体的言及は全くないのであるから,拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り,拒絶理由の通知として要請されている記載の程度を満たしているものとは到底いえないものといわざるを得ない。」


 本判決例の対象となった出願の包袋を電子図書館でみることができないため、審査段階での拒絶理由の内容がわからないまま書いているのですが、この判示を読む限り、冒頭の不可解な拒絶理由にも、上記判示の指摘が当てはまるように思います。


 本判決例は、さらに以下も判示しています。

「上記特段の事情の存否について検討するに,被告は,原告は引用例を熟知していたのであるから,本件拒絶理由通知を受けた原告としては,当然,本願当初発明と引用発明との間に相違する事項が存在すること及びその内容を正確に理解し,また,『本願当初発明には,引用発明と相違する事項はあるが,その相違点は容易である』と審査官が判断していることを理解していたといえる。」,「原告は,審査官及び審判合議体が,理由4により本願を拒絶すべきものとしていることを十分に理解し,認識していたといえる。」などと主張する。

確かに,・・・,原告は,引用例の技術内容を熟知しており,本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に審決が認定したのと同一の相違点が存在することを認識していたものと認められるし,本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定に拒絶の理由として理由4(進歩性の欠如)が記載されていたのであるから,その具体的理由は不明であるものの,審査官が,当該相違点に係る構成について当業者が容易に想到し得るものと判断したこと自体は理解することができたものと推認することができ,そうであるとすれば,この限度で拒絶理由通知を不要とする特段の事情があったものと一応いうことができる。

しかしながら,上記のとおり,本件拒絶理由通知書及び本件拒絶査定には,当業者が,引用発明との相違点に係る本願当初発明又は本願発明の構成を容易に想到し得たとする具体的理由については,それが周知技術を根拠とする点も含めて全く述べられていない上,当該容易想到性の存在が当業者にとって根拠を示すまでもなく自明であるものと認めるに足りる証拠もないから,原告において,本願当初発明又は本願発明と引用発明との間に相違点が存在することを認識し,かつ,審査官が当該相違点の構成について当業者が容易に想到し得るものと判断していることを理解することができたからといって,そのことをもって,原告が,本願当初発明又は本願発明が引用発明を根拠に特許法29条2項の規定に該当するとの拒絶理由の通知を受けたものと評価することはできない

そして,審査官において,原告は引用発明を熟知しており,本願発明との相違点も理解し得たはずであるとの認識であったとするならば,本願発明の相違点に係る構成の容易想到性こそが最も重要な論点であり,原告においてもその具体的根拠を知りたいと考えるであろうことは明らかであるから,何よりもこの点について審査官の考え方を根拠と共に示して原告の意見を聴取することが重要であったはずであるのに,審査官は,この点に関する具体的見解及びその根拠を何ら示していないことは前示のとおりである

また,被告は,原告において,審判合議体も,理由4を採用して本願を拒絶すべきものとしていることを十分に理解し,認識していたと主張するが,仮にこのような事実があったとしても拒絶理由通知を不要とするものではないから,主張自体失当というべきである。」

「さらに,被告は,「審決が認定した相違点は,本件補正により生じ,また,原告が認識し,意見を述べていた相違点と何ら異なるものではない。」と主張するが,・・・,そのことをもって,原告が,本願当初発明又は本願発明が引用発明を根拠に特許法29条2項の規定に該当するとの拒絶理由の通知を受けたものと評価することはできない。」

「その他,原告が,本願当初発明又は本願発明が引用発明を根拠に特許法29条2項の規定に該当するとの拒絶理由の通知を受けたものと認めるに足りる証拠はない。」

「以上によれば,本件拒絶理由通知書において原告に対し通知された拒絶の理由は,理由3のみであり,本件拒絶査定が採用した拒絶の理由も,理由3のみであるというべきであるから,審判合議体は,特許法159条2項の規定にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由」を発見したにもかかわらず,同法50条本文に規定する手続を採ることなく,当該「異なる拒絶の理由」を採用して審決をしたものというほかない。したがって,審決には,同条本文の規定に違反する手続違背があることになるから,取消事由1は,理由がある。」


 何とも徹底的に拒絶理由の書き方の不備を咎めております。

 本判決例によれば、冒頭の不可解な拒絶理由の類は、例え拒絶理由通知されていても、出願人が拒絶理由の通知を受けたものと認められない可能性がありそうです。

 従って、冒頭の不可解な拒絶理由の類を受けた場合は、審査官に拒絶理由を書き直してもらう等を申し立てた方が出願人の利益になるように思います。

 また、特許庁は、拒絶理由の書き方について、審査官に注意を喚起して欲しいものです。


以上

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