選択発明に関する考察

「誘電体磁器事件」(審決取消訴訟:平成25年(行ケ)第10324号


 前回まで、3回にわたり紹介しました「誘電体磁器事件」(審決取消訴訟:平成25年(行ケ)第10324号)

 (以下、本件訴訟)で、取り消された審決において「選択発明」であることの成否が判断されていました。

 審査基準を額面通り当てはめると、その発明が「選択発明」であることを示すことは相当に難しいので、

 出願人側から出願発明を選択発明であると主張することは多くないと思います。

 上記審決では、審判官の側から、出願発明の選択発明性を超絶技巧的に判断している一方で、

 出願人側は、本件訴訟と並行して行われた侵害訴訟(H24(ワ)13084)において、

 出願発明は選択発明ではない、と主張しています。


 審決取消訴訟で、「選択発明」であることの成否が判断されることはめずらしいように思いましたので、

 今回取り上げてみました。

 なお、引用した部分は、筆者が、適宜下線を付し、改行しました。

 また、参照にリンクしている部分は《》で括っています。


■■■ 選択発明とは ■■■

(1)審査基準における選択発明についての説明

 《審査基準(第Ⅱ部第2章2.5(3)③)》は、選択発明を以下のように説明しています。


「(ⅰ)選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、

  刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、

  その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は

  当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択したものであって、

  前者の発明により新規性が否定されない発明をいう。

  したがって、刊行物に記載された発明(1.5.3⑶参照)とはいえないものは選択発明になりうる。

 (ⅱ)刊行物に記載されていない有利な効果であって、

  刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、

  又は同質であるが際立って優れた効果を有し、

  これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。」


(2)用語解説

 ●「物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明」

 化学構造がわかっていても測定しなければ物性がわからないような結晶や組成物の発明が相当します。


 ●「上位概念で表現された発明」

 例えば、Li、Na、K、Rb、Cs及びFrは、

 共通する金属物性に基づいてアルカリ金属と一括して分類されます。この場合、

 アルカリ金属は、Li、Na、K、Rb、Cs及びFrの「上位概念」金属であり、

 Li、Na、K、Rb、Cs及びFrのそれぞれは、アルカリ金属の「下位概念」金属であるといいます。


 ●「その上位概念に包含される下位概念で表現された発明」

 「アルカリ金属を含む」刊行物記載発明と「Naを含む」出願発明とがあれば、

 出願発明に対して刊行物記載発明は「上位概念で表現された発明」であり、

 刊行物記載発明に対して出願発明は「その上位概念に包含される下位概念で表現された発明」である

 ということになります。


 ●「事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明」

 発明特定事項を

 「Li、Na、K、Rb、Cs及びFrからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属を含む」

 とする刊行物記載発明は「形式上の選択肢で表現された発明」であり、

 発明特定事項を

 「少なくとも1種のアルカリ金属を含む」

 とする刊行物記載発明は「事実上の選択肢で表現された発明」ということになります。

 何故なら、「少なくとも1種のアルカリ金属」とは、

 事実上「Li、Na、K、Rb、Cs及びFrからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属」を意味するからです。


 ●「当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明」

 発明特定事項を「Na金属を含む」とする出願発明は、

 発明特定事項を「Li、Na、K、Rb、Cs及びFrからなる群から選ばれる少なくとも1種の金属を含む」

 とする刊行物記載発明の一部を発明特定事項と仮定したときの発明ということになります。


(3)選択発明の新規性及び進歩性

(3-1)上記審査基準によれば、選択発明の新規性と進歩性は以下のように判断されます:

 (ⅰ)刊行物記載発明に対して下位概念又は選択肢の一部を特定した発明であって、

    新規性を否定されないこと(新規性);

 (ⅱ)刊行物記載発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際立って優れた効果を有し、

    これらが技術水準から当業者が予測できたものでないこと(進歩性)。


(3-2)「少なくとも1種のアルカリ金属を含む」刊行物記載発明が、

   「Rb」の場合について具体的に何も言及していなければ、

   「Rb」に限定した「Rbを含む」出願発明は、

   刊行物記載発明に対して新規性を否定されないことになりえます。


(3-3)刊行物記載発明「少なくとも1種のアルカリ金属を含む衣料洗剤」が

   「Naを含む衣料洗剤」を実施例にしており、通常の汚れに対して好適であるとします。

   刊行物記載発明に接した当業者は、通常は、

   刊行物記載発明はNa以外のアルカリ金属も実施例に記載されたと同様の効果を有すると認識します。

   この場合、以下のように判断されえます。

① 出願発明「Naを含む衣料洗剤」は、刊行物記載発明の実施例に記載されているため、新規性がない。

② 出願発明「Rbを含む衣料洗剤」の衣料洗浄効果が、

  「Naを含む」場合から予想される程度であれば、出願発明は刊行物記載発明に対して進歩性がない。

③ 出願発明「Rbを含む衣料洗剤」が、

  「Naを含む衣料洗剤」では落とすことのできなかった衣料の多量の汚れを洗浄でき、

  そのことが当業者に予想できないと思われる場合、

 「Naを含む」場合と同質であるが際立って優れた効果を有するとして、

  出願発明は刊行物記載発明に対して進歩性を有すると判断される。

④ 出願発明「Rbを含む人体用洗剤」が、

  「Naを含む」場合では落とすことのできなかった刊行物記載発明に記載のない特定の汚れを洗浄でき、

  そのことが当業者に予想できないと思われる場合、「Naを含む」場合と異質な効果を有するとして、

  出願発明は刊行物記載発明に対して進歩性を有すると判断される。


(3-4)上記③又は④の場合に、出願発明は、新規性及び進歩性を有すると判断され、

   選択発明の要件(ⅰ)及び(ⅱ)を満たすので、

   刊行物記載発明に対して出願発明は選択発明であるということになります。


(4)改良発明と選択発明の関係

   A社が「Naを含む衣料洗剤」の新製品を開発した場合、早期出願の観点から、多くの場合、

   「Naを含む衣料洗剤」を実施例とし、

   アルカリ金属を含む場合も実施例と同じ効果を奏することが見込めれば、

   A社は、クレームを「少なくとも1種のアルカリ金属を含む衣料洗剤」としてまず出願して、

   「Naを含む衣料洗剤」を市場に出します。


   出願後、他のアルカリ金属を含む場合を検討したところ、

   「Rbを含む衣料洗剤」が際立った洗浄効果を奏することがわかった場合、

   「Rbを含む衣料洗剤」を出願する必要があります。


   何故ならば、他社が「Rbを含む衣料洗剤」を選択発明として権利化してしまうと、

   A社は改良製品として「Rbを含む衣料洗剤」を実施できなくなってしまうからです。

   そして、A社は、「Rbを含む衣料洗剤」の出願明細書を注意深く作成する必要があります。

   しばしば、A社の先願である「少なくとも1種のアルカリ金属を含む衣料洗剤」

   の明細書の「少なくとも1種のアルカリ金属」を「Rbを含む」に置き換えて、

   他の文面は先願明細書とほとんど全く同じという場合があります。

   このような場合、選択発明の要件に基づいて進歩性を有しないと判断されかねません。

   従って、後願である「Rbを含む衣料洗剤」では、

   「Naを含む衣料洗剤」を比較例として記載する等の工夫が必要となるでしょう。


■■■ 本件審判における選択発明性の判断 ■■■

 本件訴訟の対象となった審判(無効2010-800137、以下、本件審判)では、

 特許3830342号(以下、本件特許)の無効理由として新規性及び進歩性の有無が争われました。


(1)先行技術(甲1発明)

 本件審判では、先行技術として、

 本件特許の出願前に公開された本件特許の特許権者自身の出願である、

 特開平6-76633号に係る発明(以下、甲1発明)が挙げられました。

 甲1発明の請求項1は以下のように分節されます。

  A.金属元素として希土類元素(Ln),Al,CaおよびTi を含み、

  B.これらの成分をモル比でaLn2Ox・bAl2O3・cCaO・dTiO2と表した時、

  a,b,c,dおよびxの値が

  a+b+c+d=1

  0.056≦a≦0.214、0.056≦b≦0.214

  0.286≦c≦0.500、0.230<d<0.470、3≦x≦4

  を満足する誘電体磁器。


(2)本件発明1

 本件特許の訂正後の請求項1(以下、本件発明1)は以下のように分節されます。

  A.金属元素として少なくとも

    稀土類元素(Ln:但し,Laを稀土類元素のうちモル比で90%以上含有するもの),Al,

    M(MはCaおよび/またはSr),及びTiを含有し,

  B.組成式をaLn2OX・bAl2O3・cMO・dTiO2(但し,3≦x≦4)と表したとき

    a,b,c,dが,

    0.056≦a≦0.214​0.056≦b≦0.214

    0.286≦c≦0.500​0.230<d<0.470

    a+b+c+d=1

    を満足し,

  C.結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以上有する酸化物からなり,

  D.前記Alの酸化物の少なくとも一部が

    β-Al2O3および/またはθ-Al2O3の結晶相として存在するとともに,

    前記β-Al2O3および/またはθ-Al2O3の結晶相を1/100000~3体積%含有し,

  E.1GHzでのQ値に換算した時のQ値が40000以上であることを特徴とする誘電体磁器。


(3)甲1発明と本件発明1の対比

 本件審判では、甲1発明と本件発明1の一致点と相違点が以下のように認定されました。


〔一致点〕

 金属元素として希土類元素(Ln,Al,M(MはCaおよび/またはSr)およびTiを含み、

 これらの成分をモル比で aLn2Ox・bAl2O3・cMO・dTiO2(但し、3≦x≦4)

 と表したときa,b,c,dの値が、

 0.056≦a≦0.214、0.056≦b≦0.214

 0.286≦c≦0.500、0.230<d<0.470

 a+b+c+d=1

を満足する誘電体磁器。

 なお、Mは、甲1発明では「Ca」のみで、本件発明では「Caおよび/またはSr」ですが、

 本件発明1の「Caおよび/またはSr」は、「Ca」のみの場合を含むので、

 「MはCa」は「MはCaおよび/またはSr」と同一であると認定されます。


〔相違点〕

相違点1:

 甲1発明は、  ・希土類元素についての限定がなく、

         ・Q値が限定されていないのに対して、

 本件発明1は、 ・稀土類元素(Ln)が、Laを稀土類元素のうちモル比で90%以上含有し、

         ・1GHzでのQ値に換算した時のQ値(以下、単に「Q値」という。)が

          40000以上であると限定している点。

相違点2:

 甲1発明は、結晶系が不明であるのに対して、

 本件発明1は、 ・結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以上有する酸化物からなり、

         ・前記Alの酸化物の少なくとも一部がβ-Al2O3および/またはθ-Al2O3、

          の結晶相として存在するとともに、

          前記β-Al2O3および/またはθ-Al2O3の結晶相を

          1/100000~3体積%含有するものであると限定している点。


(4)本件審判の相違点1に関する判断

 本件審判では、相違点1について、

 ・甲1発明において特定比率のLaを含む希土類元素に限定することについて示唆があることと、

 ・技術常識によれば

  希土類元素が特定された甲1発明のQ値を40000以上に限定することは

  当業者が十分に予測し得るとして進歩性を否定しました。


「甲1には、希土類元素について、

「希土類元素(Ln)としては、Y,La,Ce,Pr,Sm,Eu,Gd,Dy,Er,Yb,Nd等があり…」

 ・・・と記載されており、

 希土類元素としてLaを使用できることが記載されており、

 希土類元素としてLaを単独で使用した実施例・・・が記載されている。

 以上によれば、・・・甲1発明において、

 ・・・Laを希土類元素のうちモル比で100%含有するものを使用することについての示唆があるといえる。」


「甲1発明において、

 ・・・Laを単独で使用した実施例・・・のQ値は、・・・本件発明1の下限値に近接する値である。

 また、甲1発明の組成と一致し、希土類元素としてLaを単独で使用した誘電体磁器において、

 40000以上のQ値が得られることは、・・・当業者において広く知られた事項であるから、

 甲1発明のうち、希土類元素をLaを単独で使用したものにおいて、40000以上のQ値が得られることは、

 当業者が十分に予測し得るといえる。」


 相違点1は、甲1発明の下位概念に相当しますが、

 選択発明の要件(ⅱ)を見たさないため、選択発明とは認定されなかったと思われます。


(5)本件審判の相違点2に関する判断

(5-1)相違点1は、甲1発明に「形式上の選択肢で表現された」事項とQ値の記載があり、

 選択発明の要件へのあてはめ(相違点1が甲1発明の何を選択したのかの認定)がし易いのですが、

 相違点2は、甲1発明に結晶系の記載がないため、

 相違点2が甲1発明の何を選択したのかを認定することが困難です。

 本件審判では、甲1発明の実施例と実験報告書を組み合わせて、

 選択のベースとなる結晶系を超絶技巧的ロジックによって認定しています。


「甲第4号証は、甲1発明の実施例である試料No.・・・35について、

 甲第1号証・・・に記載された方法に準拠して作製する実験を行い、

 ・・・稀土類元素(Ln)としてLaをモル比で100%含有する試料No.35が、

 斜方晶型固溶体相である均一なマトリックス相と、

 0.07体積%のβ-Al2O3構造の第二相を有し、50200のQ値を有することを示している。

 また、甲第35号証は、

 上記の試料No.35よりAl2O3のモル比・・・を甲1発明の範囲内で・・・段階的に増やし、

 甲第4号証と同じ方法で作製した試料No.35a、35b、35c・・・は、

 いずれも斜方晶の結晶を80体積%以上有する酸化物からなるマトリックス相と、

 それぞれ2.11、4.26、8.66体積%のβ-Al2O3からなる第二相とを有し、

 Q値がそれぞれ43300、39800、33600であったことを示している。

 以上によると、甲1発明には、

 相違点2に係る本件発明1の「結晶系」の要件を満たす場合も、満たさない場合も含まれることが窺える。」


(5-2)本件審判では、このように、選択のベースとなる結晶系を

 「本件発明1の「結晶系」の要件を満たす場合」と「満たさない場合」に2分類した上で、

 相違点2は「本件発明1の「結晶系」の要件を満たす場合」を選択した発明として、

 選択発明の要件(ⅱ)を判断します。


「本件発明1において、相違点2に係る「結晶系」に関する特定事項が、

 格別の技術的意義を有し、当該特定事項により、甲第1号証に記載されていない有利な効果であって、

 甲1発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、

 これらが技術水準から当業者が予測できたものでないとき、本件発明1は選択発明として進歩性が認められる。」


「そこで、本件発明1の「結晶系」の技術的意義について検討すると、本件明細書には、以下の記載がある。

 ・・・これらの記載よると、

 本件発明1の「結晶系」の技術的意義は、比誘電率が大きい範囲において、

 Q値が大きく、比誘電率の温度依存性が小さくかつ安定であるという作用効果を奏する点であると認められる。」


「これに対して、甲第1号証の以下の記載

「【0008】本発明は…比誘電率が大きく、高Q値で、

 比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定である誘電体磁器組成物および誘電体共振器を

 提供せんとするものである。」、

「【0020】【作用】本発明の誘電体磁器組成物では、

 …比誘電率が大きく、高Q値で、比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定である誘電体磁器組成物が得られる。」、

「【0035】【発明の効果】…本発明の誘電体磁器組成物は、

 …高周波において高い誘電率、高いQ値、及び共振周波数の温度係数の小さい誘電特性を有することができる。」

 によると、甲1発明も、本件発明1と同質の作用効果を奏するといえる。

 そして、稀土類元素(Ln)としてLaを100%含有する試料No.35の場合、

 Q値が39000と・・・、本件発明1の下限値に近接する値であり、

 甲第21、37号証の記載によると、

 Laをモル比で100%含有する場合に40000以上のQ値を有する誘電体磁器が得られることが

 当業者に予測可能であることは、相違点1についての検討に示すとおりであって、

 本件発明1の効果が際立って優れたものであるともいえない。」


「したがって、本件発明1は、相違点2に係る「結晶系」に関する特定事項により、

 選択発明として進歩性を認めるべき発明であるとはいえない。」


■■■ 知財高裁の判断 ■■■

 甲1発明の実施例と実権報告書から、甲1発明に記載のない結晶系に対して、

 本件発明1の相違点2の選択発明性を判断しており、全くおそるべきロジックの超絶技巧と思います。

 出願人は、本件発明1の争点2については、出願人自身の先願である甲1発明には記載が全くないことから、

 選択発明性を判断されるとは夢にも思っていなかったことと思います

 (ちなみに、本件発明1に関する侵害訴訟(平成24年(ワ)第13084号)の方で、

 出願人は本件発明1が甲1発明の選択発明でないことを主張しています)。

 一方、知財高裁は、本件訴訟において、本件審判の行った本件発明1の選択発明性の認定を否定して、

 本件発明1が無効であるとした審決を取り消しました。

 知財高裁は、本件審判で参照された実験報告書は

 「甲1公報に記載された実施例そのものを再現実験したものではないから,

 ・・・この結晶構造等を広義の刊行物記載発明と認めることはでき」ないとして、

 甲1発明若しくは実験報告書が、選択発明の要件の前提となる「刊行物記載発明」ではないと判断したのでした

 (詳細は10/14、21、25付けの既投稿を参照して下さい)。

 この知財高裁のロジックもなかなかに迫力があります。

(以上

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