「実質的に・・・からなる」は不明確か(その1)

「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決


Ⅰ.組成物の発明の「必須成分」以外の「任意成分」の特定の仕方について

 組成物の発明についてクレームを作成する際に、その材料の組成を特定する場合、「必須成分」以外の「任意成分」をどのように取り扱うかについては、その材料の特性、権利化しようとする範囲に応じていくつかの仕方があります。

 例えば、組成物Xを構成する必須成分がA、B及びCである場合、以下のように特定することが典型的でしょう。

〔クレーム例1〕

 成分Aをa1~a2質量%、成分Bをb1~b2質量%、及び成分Cをc1~c2質量%含有する材料X。

 この場合、材料Xを構成するA、B及びC以外の成分は任意成分ということになり、

 任意成分の含有量は[100-(a2+b2+c2)]~[100-(a1+b1+c1)]質量%となり、

 クレーム例1は明確ということになります。

 ここで、組成物Xが、ほとんど必須成分A、B及びCで占められるが、材料Xを製造する過程で不可避的含有されてしまう成分がある場合、組成物Xのクレームをどう記載するかについては悩ましいときがあります。このような場合、例えば、

 クレーム例1で、a1+b1+c1=98、a2+b2+c2=100

 となるようにa1、a2、b1、b2、c1及びc2を設定しておくと、

 任意成分の含有量は0~5質量%となりクレーム例の明確さは維持されます。

 しかし、組成物Xには、不可避的成分が必ず入ってしまい、必須成分A、B及びCのみからなることがありえないような場合、実施可能要件の観点からは、例えば、

 明細書中に「a2+b2+c2=100とは、不可避的不純物が微量入る場合も含む」と説明を加えたり、以下のクレーム例2のように特定したりすることがあります。

〔クレーム例2〕

 実質的に成分A、B及びCからなる組成物Xであって、

 成分A、B及びCの質量比(A/B/C)が、a1~a2/b1~b2/c1~c2である組成物X。

 この「実質的に・・・からなる」という特定の仕方は、米国では「consisting essentially of」として特定する場合も多く、外内出願の翻訳語のクレーム内にしばしば登場します。

 また、韓国では「実質的に・・・からなる」という特定の仕方は、注意しないと不明確とされるようです(参照先)。

 また、我国の弁理士でも、「実質的に・・・からなる」という特定の仕方は不明確ではないか、と心配している向きもあります(参照先)。


 そこで、実際のところ、「実質的に・・・からなる」という特定の仕方は我国ではどのように取り扱われるのか、というのが今回のテーマです。


Ⅱ.「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例(平成14年(ワ)第16268号)

 「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例(飯村敏明裁判長)は、侵害訴訟事件であったので、特許請求の範囲の解釈の観点からですが、「実質的に・・・からなる」と特定された発明特定事項について真正面から取り組んだほとんど唯一の判決例です。

 仲先生の大変に分かり易い解説がありますので参考にして下さい(参照先)。

 「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例の概要を説明します。


A.事件の概要

 本件は,原告が被告に対し、

 被告の製造・販売する電気コネクタ用銅基合金(以下「被告製品」)が,

 原告の有する特許権を侵害するとして、製造等の差止請求と損害賠償請求した事案です。

B.原告の有する特許権

 原告は、特許番号第2572042号に係る特許権(以下「本件特許権」)を有し、発明の名称と特許請求の範囲の請求項1の発明(以下、「本件発明」)は以下の通りです。

(1)発明の名称

改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有する電気コネクタ用銅基合金

(2)本件発明の構成要件

A 実質的に,Ni:2~4.8%,Si:0.2~1.4%,Mg:0.05~0.45%,Cu:残部

(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする

B 改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有し,

C 安定化状態にある電気コネクタ用銅基合金。

(3)被告製品の構成

Ni:2.0~2.8%,Si:0.45~0.6%,Mg:0.05~0.2%

Zn:0.4~0.55%,Sn:0.1~0.25%,及び残部がCu(数字はいずれも重量%)

からなるコネクタ用銅基合金。


C.争点

 被告製品の構成は、Ni、Si、Mg及びCuが含有量も含めて構成要件Aと重複しますが、さらに、ZnとSnが、Si及びMgと同程度のオーダーの含有量となっています。

 このZnとSnが、構成要件Aの必須成分であるNi、Si、Mg及びCu以外の成分として許容されるか否かが問題となり、被告製品は

 許容されれば構成要件Aを充足し、許容されなければ構成要件Aを充足しない、

ということになります。


 訴訟では、被告製品のA、B及びCの全ての構成要件の充足性を争点とされましたが、本考察では構成要件Aの充足性にだけ着目します。裁判例から引用した部分は、筆者において適宜改行、下線付記及び省略しています。

(1)原告の主張

「・・・構成要件A・・・は,成分元素の組合わせの比率を示すとともに,「実質的に」との修飾語が付されている。そして,本件明細書・・・には,

 「合金の性質に悪影響を及ぼすことのない,その他の元素および不純物を合金に含有させることができる。」・・・と,また,

 「その他の元素および不純物が存在してもよいが,それらは合金の性質に対し実質的に悪影響を及ぼさないものである。」・・・と,それぞれ記載されている。

・・・そうすると,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」とは,

 合金の性質に対して「実質的に悪影響を及ぼさないもの」である限り,

 ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)以外の「元素および不純物」を含有させることを許容している趣旨と理解すべきである。」

(2)被告の反論

「a 本件明細書の「特許請求の範囲」欄の記載によれば本件発明の技術的範囲は,

・・・Ni)2~4.8%,・・・Si)0.2~1.4% ・・・Mg)0.05~0.45%,・・・Cu)残部(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする銅基合金であり,

 その他の成分を実質的に含有するものを含まないと解すべきである。

 一般に,他の金属をごく少量添加することにより,合金の特性が劇的に変化することがあり,少量成分の添加が,合金に対して,新たな物理的,化学的,機械的性質を与え,利用価値を高めるので,添加された後の合金は,基の合金と異なるものと解される。

b 原告は,本件明細書において,本件発明に係る合金について,マグネシウム(Mg)の代わりにスズ(Sn)を0.39%含有する合金と対比し・・・,また,・・・上申書において,亜鉛(Zn)を0.52%含有する合金2と対比している。

 上記によれば,本件特許の出願人である原告自らがスズ(Sn)を0.39%含有する合金や亜鉛(Zn)を0.52%含有する合金について,別合金であることを前提としている

 したがって,これら元素を上記量程度含む場合は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」に含まれないことは明白である。

c 原告は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」とは,

合金の性質に対して「実質的に悪影響を及ぼさないもの」である限り,

ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)以外の「元素および不純物」を含有させることを許容している趣旨と理解すべきであると主張する。

 しかし,含有させることを許容している元素とは,本件明細書に記載されているとおり,ニッケル(Ni)の同等量と置換して存在するものとしての,クロム(Cr),コバルト(Co),鉄(Fe),チタン(Ti),ジルコニウム(Zr),ハフニウム(Hf),ニオブ(Nb),タンタル(Ta),ミッシュメタル(ランタニド)及びそれらの混合物のような珪化物(シリサイド)形成元素を有効量約1%以下,またリチウム(Li),カルシウム(Ca),マンガン(Mn),ミッシュメタルなどの脱酸元素及び脱硫元素を0.25重量%以下,含有させるような場合を指す。

 本件明細書及び意見書の記載を参酌すれば,Cu-Ni-Si基合金に添加されるべきマグネシウム(Mg)と同じような量の亜鉛(Zn)やスズ(Sn)を添加することは,電気伝導性などの特性を大きく劣化させ,合金の性質に対して実質的に悪影響を及ぼすものであって,構成要件Aに含まれると解することはできない。」


D.裁判所の判断

 裁判所は、構成要件Aについて以下のように判断しました。

D-1.構成要件Aの解釈

「・・・当裁判所は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」の意義について,

 ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)及び銅(Cu)以外の元素のうち,

 明細書中に具体的な記載がある元素,及び

 明細書の具体的な記載に基づいて当業者が容易に想到できる元素

を含有させることを許容すべきであるが,その範囲を超えた,

 合金の特性に影響を与える元素を含有させることを許容する趣旨と解すべきではないと判断する。」

(1)理由

 裁判所は、明細書の記載、刊行物に基づく合金の一般的性質及び出願経過に基づき、以下のように、ほぼ被告の反論を支持する説明をしています。


「①本件明細書には,

特許請求の範囲に記載されている,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)の他に,構成元素として,

同等量のニッケル(Ni)と置換して,Cr,Co,Fe,Ti,Zr,Hf,Nb,Ta,ミッシュメタル(ランタニド),それらの混合物のような珪化物(シリサイド)形成元素を有効量約1%以下存在させることができる旨,及び

上記特許請求の範囲記載の元素に加え,Li,Ca,Mn,ミッシュメタル及びそれらの混合物から選択される脱酸元素及び(又は)脱流元素の1種又はそれ以上を,脱酸素又は脱流に対する有効量において約0.25重量%まで包含することもできる旨がそれぞれ記載されているが,

その他の元素,特に,亜鉛(Zn),スズ(Sn)の添加について,これを示唆する記載はないこと,

② 一般的に,合金は,成分元素や添加量を変化させた場合に合金の性質に与える予測可能性が極めて低いこと,

③ 原告は,本件特許の出願過程において,Cu-Ni-Si基合金に,

他の元素を増加させると電気伝導率や曲げ特性が悪化すると述べて

スズ(Sn)を0.39%含有する合金は電気伝導率が下がるので採用し得ないとして,

本件発明の技術的範囲から除外すべきである旨述べていること等

の事実に照らすならば,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」とは

ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)及び銅(Cu)以外の元素について,

明細書中に具体的な記載がある元素,及び

明細書の記載に基づいて当業者が容易に想到できる元素

を含有させることを許容する趣旨と解すべきであるが,その範囲を超えた,

合金の特性に影響を与える元素を含有させることを許容する趣旨と解することはできない。」

(2)被告製品との対比

(2-1)被告製品の構成

「被告製品の構成は,

 ・・・Ni)2.0~2.8%,・・・Si)0.45~0.6%,・・・ Zn)0.4~0.55%,

 ・・・Sn)0.1~0.25%,・・・Mg)0.05~0.2%及び残部が銅(Cu)からなり,

 ・・・Ni),・・・Si),・・・Mg)とともに,・・・Zn)と・・・Sn)を含有する。

 ・・・Zn)の含有量は,0.4~0.55%,・・・Sn)の含有量が0.1~0.25%であって,

 ・・・Mg)0.05~0.2%と比較してその含有量は多い。」

(2-2)被告製品の耐応力緩和性について

「証拠・・・によれば,・・・以下の事実が認められる。

a Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)0.09%を含有させた本件発明の実施品相当品・・・と被告製品とについて,耐応力緩和性を比較した場合,

被告製品の方が耐応力緩和性において優れているという結果が得られた・・・。

b Cu-Ni-Si基合金に・・・Mg)0.09%を含有させた本件発明の実施品相当品と

被告製品,・・・Zn)のみを添加したもの,・・・Sn)のみを添加したもの,・・・Zn),・・・Sn)双方を添加したものの耐応力緩和性を比較した場合,

本件発明の実施品相当品よりも,・・・Sn)を添加したものが優れ,さらに

・・・Zn),・・・Sn)双方を添加したものが優れ,さらに

被告製品の方が耐応力緩和性において優れているという結果が得られた・・・。」

(2-3) 被告製品の電気伝導性について

「Cu-Ni-Si基合金に・・・Mg)0.09%を含有させた本件発明の実施品相当品と

 被告製品とを比べると,

 電気伝導率において,被告製品の方が低いという結果が得られた・・・。

 この結果は,・・・Zn),・・・Sn),・・・Mg)は,いずれも・・・Cu)の結晶格子に入って格子に歪みを与え,電子の金属格子の通りを妨げるので,

被告製品において電気伝導率が低下したと考えられる・・・。

(2-4)対比についての判断

「(2-1)によれば,被告製品に含有されている・・・Zn)と・・・Sn)は,

 構成要件A所定のマグネシウム(Mg)と比較して,

 含有量においてこれをしのぐものであり,合金の特性において,

 耐応力緩和性を向上させる一方,電気伝導性を低下させるという差異をもたらしている。

 そうすると,・・・Zn)と・・・Sn)を含有する被告製品は,構成要件Aを充足しない。」

D-2.均等の主張について

 裁判所は被告製品が、構成要件Aの均等の範囲への属否も判断していますので、参考のために掲載しておきます。

「被告製品において

・・・Ni)2.0~2.8%,・・・Si)0.45~0.6%,・・・Zn)0.4~0.55%,・・・Sn)0.1~0.25%,

・・・Mg)0.05~0.2%及び残部が銅(Cu)」との組合せは,構成要件Aの組合せと均等であると主張する。

 しかし,・・・本件発明は,Cu-Ni-Si基合金に・・・Mg)を規定量添加することにより,良好な強度特性,高い電気伝導性,耐応力緩和性を有する銅基合金を提供することを目的としているのに対して,

 ・・・Zn)と・・・Sn)を・・・Mg)と比肩すべき量を添加することは,

 合金の電気伝導率の低下を来たし,合金の特性に影響を及ぼすこと,

 原告は,本件特許の出願過程において,

 Cu-Ni-Si基合金に,他の元素を増加させると電気伝導率や曲げ特性を悪化させ,

 特に・・・Snを0.39%含有する合金は電気伝導率が下がるので採用し得ないとして排除していること等の経緯に照らすならば,

① Cu-Ni-Si基合金に,・・・Zn)0.4~0.55%,・・・Sn)0.1~0.25%,・・・Mg)0.05~0.2%を複合添加することと,

Cu-Ni-Si基合金に・・・Mg)のみを0.05~0.45%を含有させることとの間の相違点は,本件発明の本質的部分に関するというべきであること,

② 本件発明の元素の組合せを被告製品の元素の組合せに置換することにより,

本件発明と同一の作用効果を奏することはないので,

置換可能性及び置換容易性ないこと,

③ 原告において,・・・Sn)のような元素を含有することにより電気伝導率が低下する合金を,除外すべきである旨述べていることから,

被告製品のような・・・Zn)0.4~0.55%,・・・Sn)0.1~0.25%を複合添加した合金を意図的に除外していると解されること等の理由により,

原告の主張は採用できない

(続く)

以上

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