イニシエーション・ラブ
〔Side.A:小説〕
小説「イニシエーション・ラブ」は、
巷では、本格ミステリーの名作として評価され、
最後の2行で、それまでの物語の様相が全く変わってしまう、
と噂されていましたが、噂に違わぬ面白さでした。
確かに最後の2行で「???!!!・・・」となり、
やっぱり何か変だと思ったのですが、何が変なのか、
よくわからないという不思議な気分になります。
中尾彬が金田一耕助を演じた「本陣殺人事件」(1975年)や石坂浩二がドルリー・レーンを演じた「Yの悲劇」(1978年)等の、トリック志向の強い古典的な本格推理小説を原作とする映画やTVドラマは、原作を読んでおかないことには人生の損失であると思うので、小説「イニシエーション・ラブ」も、文庫本で260頁、文体も簡潔なので、一気に読んでおくことにしました。
静岡大学の理系の学生である「たっくん」と、歯科医院の技師であるショートカットの可憐な「繭ちゃん」との甘酸っぱい恋愛模様を軸に、地方都市としては少し垢抜けた静岡市を舞台とする、酒場、レストラン、テニス、海水浴、車、本、音楽そしてTVドラマ等の都会生活を彩る記号の中での若者たちの青春群像を描いたSide Aと、
東京の会社に勤めた「たっくん」が、静岡に残した「繭ちゃん」と、会社で出会う慶応大学出身のセレブな美女である「美弥子嬢」との三角関係に苦しむSide Bとから構成されています。
「たっくん」と「繭ちゃん」の恋の行方も、なかなかに心が痛むせつなさがあるのですが、Side Bの最後の2行で、小説全体が本格ミステリーに転換するところは、知的な小説体験としかいいようがない驚きをもたらします。
但し、本格ミステリーとしての伏線を全て確認することは、よほど時間のある暇な方でないとできないと思います。
豊かな我が国では、こういうことに時間を費やすことを人生の無駄とは思わない奇特な方が必ずいらっしゃるもので、懇切丁寧な解説ブログが開設されています。
時間のない方もある方も、そちらをご覧になると、この小説の面白さがよくわかることと思います。
〔Side.B:映画〕
さて、映画「イニシエーション・ラブ」ですが、
事前に積極的に小説を読んで、タネを十分に理解した上で、
どう映像化されるかを楽しんだ方がよいように思います。
というのは、この小説は額面通りそのまま映像化することは不可能と思われるからです。
そして、この難解な小説を、それもラストを原作と変えてまでとなると、「トリック」の堤幸彦監督が、どう映像化するのかが最大の見どころになります。
小説では、主人公(たっくん(22歳)、繭ちゃん(20歳)、美弥子嬢(22歳))はいずれも若く、ほとんどステレオタイプしかいいようのないバブル末期の若者達なので、役者がわざわざ性格を作り上げる必要もなく、新鮮な新人を採用してもよかったと思うのですが、それぞれ演技力には定評があるとはいえ、
松田翔太(29歳:若くはみえるけど)、
前田敦子(24歳:ショートカットじゃないじゃないか)、
木村文乃(28歳:そんなに典型的な美人?)と、
薹が立たって色がついてしまっている役者を使うあたりも何か一癖二癖ありそうな予感がしました。
以上のように、目一杯の先入観をもって映画を観たのですが、
さすが!
堤監督、原作を額面通りにそのまま映像化しているうえ、映像化の意図が増幅されるように主演陣を配置しており、完全に一本取られました。
傑作です。
映像化するに当たっての最大の難関を、堤監督は「トリック」のような実にチープな描写によってクリアしており、映像ミステリーとしての洗練度が極めて高いと思います。
「桐島、部活やめるってよ」や「ソロモンの偽証」も、ミステリーを映像化することの何たるかを少し見習うべきではないかと思います。
ラストは、確かに原作と違うのですが、原作の延長として破綻がなく、極めて論理的な結末になっています。
しかし、このラストの変更は、小説がある意味ハッピーエンドだったところを、映画では、ハッピーエンドとは言い難いブラックさを浮上させたようにみえます(やはり、松田翔太くらいに図太く顔がよくないと、このラストには耐えられません)。
そこまでしなくても、と思うのですが、堤監督には、青春時代に何かの心のトラウマを抱えているのかもしれませんね。
あるいは、小説が書かれた時期は、ハッピーエンドを許容する経済的な豊かさがあったところ、現在の新自由主義が蔓延する無粋な時代にはノーテンキなハッピーエンドにしないことの方がしっくりくる、というところでしょうか。
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映画「イニシエーション・ラブ」は、土曜日に新宿ピカデリーに見に行ったのですが、映画館は若いカップルで満席でした。
映画終了後の混雑の中で、私の後ろのカップルの大声の感想が聞こえ、「たっくん」のような彼が、
「え~、全然わからなかった、この映画すげーな」
と大騒ぎしていたのに対して、「美弥子嬢」のような彼女が
「こんなこと女ならわかるのよ!」
と彼に対して軽蔑混じりに醒めた説明をしており、現実の方がもっと怖かった、というおまけ付きでありました。
(以上)
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