新国立競技場問題(著作権の観点)


2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場。その建設計画において数多くの問題点が明らかになっています。計画変更はないとこれまで強弁してきた安倍首相もようやく、ゼロベースでの建設計画の見直しも含めザハ・ハディド氏の案を中核とする設計計画全般について政府内で再検討を指示したもようです(2015年7月16日)。


独立行政法人 日本スポーツ振興センター(JSC)の鬼沢佳弘理事は、それよりも先に

「変更すればこれまでの設計は使えなくなる。知的所有権に抵触するからだ」。

「あの狭い空間に8万の座席を収めること自体、極めて高い能力。一からやると大変。でも一部でも似た設計となると(ザハ氏が)『私の知的所有権ですよ』と言う可能性が高い」。さらに新デザインを「現設計チームに引き継いでもらえばスムーズに行くが、ザハ案を知っている人たちと契約したとなり、それ自体が係争を招く恐れがある。別チームにお願いしなければならない」(日刊スポーツ2015年7月13日紙面より)と述べています。

どうやら計画見直し自体にも問題がありそうです。


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欧米の公共建築物に関する国際コンペ(建築設計競技)では最優秀者は実施設計者(個人)とします。これは、デザインから実際の設計(基本・実施設計)まで自立した建築家に委ねることによって著作権者・設計者・監修者の関係をその一人に集約させ責任の所在を明確化し事後に問題が起きないようにします。また、<自立した個人への集約>によって特定勢力の利害を排除する仕組みであって、設計者は営利や利害から自立した職業観・倫理観を要求されています。プリツカー賞 (The Pritzker Architecture Prize)を受賞するようなザハ・ハディド氏のような建築家であれば、この職業観・倫理観が何よりも尊重されます。彼女が外野のポリティクスやエコノミクスに関わりを持たず建築思想を追求しようとするのも、建築家としての自立性を保つためであると理解できます。


ところが、わが国の新国立競技場の国際コンペはそのような建築設計競技ではなく、デザイン競技(新国立競技場基本構想国際デザイン競技)であり、


JSCの応募資格確認申請書

及び

募集要項

によると、


応募者の適格要件としては「外国においては、デザイン競技の対象となる建築物の設計管理業務を行う資格を有する企業であること・代表者又は構成員が、外国においては、デザイン競技の対象となる建築物の設計管理業務を行う資格を有する者であること」とされ、著作権証では企業名と代表者名を記載する欄があります。

また、「最優秀者は、最優秀賞を受賞したことに関し、本募集要項16、20及び21に規定する項目について、9.(4)に定める確認書(案)を締結する。」とあります。


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募集要項(抜粋・下線は筆者)


16 賞金 (省略)

20 デザイン監修、設計及び工事との関連

(1)最優秀者は、デザイン監修を行う。

(2)デザイン監修は、本募集要項4.2に示した事項に関して、提案のとおりに基本・実施設計及び施工が実施されているかを確認し、必要な場合には、修正の提案を行い、また、本募集要項4.2に示した事項に関する基本・実施設計者及び施工者の要望や質疑について回答などを行うことをいう。

(3)基本設計及び実施設計の設計者は、今後、改めて公募型プロポーザルを行い選定する。なお、入賞の有無にかかわらず全ての応募者は、公募型設計プロポーザルに応募することができる。また、最優秀者と他の応募者との公平性を保つ必要があるため、すべての情報を開示し、審査基準に従って公正に選定することとする。

(4)最優秀者と資本・人事面等において関連を有する建設業法(昭和24年法律第100号)による建設業者及びその関連会社は、工事の入札に参加することができない


21.著作権及び応募作品の取り扱い

(1)応募作品の著作権は、応募者に帰属するものとする。したがって応募者が日本における著作権・意匠権等に関する公的な権利の確保を必要とするときは、直接又は代理人を通じて自らの責任においてその手続きをするものとする

(2)主催者は、最優秀作品を基本設計及び実施設計並びに2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップ及び東京2020オリンピック・パラリンピック(招致)などの国立競技場で行われる大会・イベントの広報・招致活動、主催者が行う広報活動に使用できる。この場合の使用料は無償とする。

(3)東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会は、最優秀作品を基に、オリンピック・パラリンピックの招致活動に使用するために、スタジアムの模型を作成することができるものとする。この場合の使用料は無償とする。

(4)主催者は、基本設計、実施設計及び工事施工段階で、今後とりまとめる基本計画、事業費及び施工性などの要因により必要となった場合に、最優秀者と協議の上、作品の一部について合理的に変更することを要請することができ、当該提出者はこれに同意する

(5)応募作品の中で使用した他者の著作物については、他者に許諾を得た上で、その内容を応募関係書類に明記しなければならない。

(6)応募作品は、審査後適当な方法による公開展示、作品集としての出版、映像記録集並びに記念品・広報活動用品の作成及び販売において使用する。この場合の使用料は無償とする。

(7)主催者は、最優秀者に対しインタビューを行い、撮影した映像記録集を公開する権利を有し、無償とする。

(8)主催者は、作品を審査のために、所定の形式で複製することがある。

(9)応募者は、デザイン競技に作品を提出することによって、上述の規定に同意したものとみなされる。


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「確認書(案)」(抜粋・下線は筆者)。


独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「甲」という。)と最優秀者(以下「乙」という。)とは、新国立競技場基本構想国際デザイン競技(以下「本件競技」という。)において乙が最優秀賞を受賞したことに関し、    日付で、次の各条項により本確認書を締結する。なお、本確認書で使用される用語は、本確認書において別途定義される場合又は文脈上別異に解することが明らかな場合を除き、新国立競技場基本構想国際デザイン競技募集要項(以下「本件募集要項」という。)において定義される意味と同一の意味を有するものとする。


(目的)

第1条 本確認書は、本件応募要項のうち、とりわけ、第16項(賞金)、第20項(デザイン監修、設計及び工事との関連)及び第21項(著作権及び応募作品の取り扱い)の意義を明確にすることを目的とする。


(デザイン監修等)

第3条 乙は、新国立競技場の基本設計及び実施設計並びに施工段階におけるデザイン監修業務を、甲及び甲から委託を受けた設計者及び施工者に対して提供することに合意する。具体的な条件については、両当事者合意の上、決定する。

2 基本設計及び実施設計の設計者は別途行われる公募型プロポーザル方式により、施工者は別途行われる競争入札方式により、それぞれ選定される。


(最優秀作品の著作権)

第6条 最優秀作品の著作権は、乙に帰属する

2 乙は甲に対して、以下の目的のために、最優秀作品を複製し使用する権利を期間の制限なく無償で許諾する。以下の目的を実施するに必要な範囲で、甲は第三者に対して再許諾することができる

(1) 最優秀作品を掲載した作品集の出版

(2) 最優秀作品を撮影した映像記録の公開

(3) 最優秀作品に関するロゴ又はキャラクター等(以下「ロゴ等」という。)の作成

(4) 新国立競技場の基本設計及び実施設計

(5) 平成31年に日本で開催されるラグビーワールドカップ及び東京2020オリンピック・パラリンピック(招致)等の国立競技場で行われる大会・イベントの広報・招致活動

(6) 甲又は甲が指定する第三者が行う広報活動

(7) その他上記各号に関連する行為

3 乙は甲に対して、前記第5号の目的に使用するため、無償で、最優秀作品の模型を作成すること(これを屋外の場所に恒常的に設置する場合を含む。)を期間の制限なく許諾し、その創作された二次的著作物に関する著作権法第28条の権利(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)を譲渡する。前項5号の目的を実施するに必要な範囲で、甲は第三者に対して再許諾することができる。

4 甲は乙に対して、最優秀作品又はロゴ等を使用して、新国立競技場の記念品、広告活動用品その他商品を製造し、販売する商品化権を独占的に許諾する。

5 甲は、第2項から前項までの規定に従い最優秀作品を利用するため必要があるときは、乙に対し、最優秀作品に係る参考資料を提供するよう要請することができ、乙はこれに従う。

6 基本設計及び実施設計並びに工事施工の各段階において、本確認書締結後に作成される基本計画、事業費又は施工性、新国立競技場の有効利用その他の観点から、最優秀作品の一部に変更を加えることが必要になった場合には、甲は、乙と協議の上、これを要請することができ、乙は不合理にこれを拒絶しない


(本件募集要項との関係)

第7条 本件募集要項は、本確認書の一部を構成し、かつ、これと一体をなす。

2 本確認書と本件募集要項との間で矛盾・抵触がある場合には、本確認書の効力が優先するものとする。


(紛争の解決方法)

第8条 本確認書若しくは本件募集要項から生じる、又はこれらに関連する一切の紛争については、甲及び乙の間で信義に即して誠実に協議することによりその解決に努めるものとする。

2 前項の協議が調わない場合には、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所として裁判により解決するものとする。


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最優秀者を<デザイン監修者>とし、基本・実施設計者は別途公募で選ぶシステムが採用されています。

このシステムで、ザハ・ハディド氏の設計事務所ザハ・ハディド アーキテクツ(ZHA)の<意匠設計=デザイン案・以後「ザハ案」といいます>が最優秀者=<デザイン監修者>となっています。


この<デザイン監修者>+<基本・実施設計者>(+施工者)なる仕組みでは、<基本・実施設計者>を別途公募とすることで、営利に働く建設会社の設計部の応募を許す点、欧米の公共建築物の国際コンペ(建築設計競技)の応募者適格性で求められる前述の<自立した個人への集約>が損なわれています。プリツカー賞を受賞するようなザハ氏のような名だたる建築家であれば何よりも尊ばれるべき職業観・倫理観への配慮に欠けていると思わざるを得ません。<自立>とは、デザインから基本・実施設計まで個人が完璧に行えることであり、その自立性をザハ氏に対して否定することでもあります。


また、本来営利を排すべき公共財の設計でありながら、<基本・実施設計者>において建設会社の営利や、その背後における政治家など特定勢力のポリティクスを許す悪弊がそもそも潜んでいるように思えます。どうやら<ザハ案>自体の良し悪しよりも、コンペの仕組み自体に責任の所在を曖昧にし、様々な利害や思惑を許す要因がありそうです。


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最優秀作品の著作権はZHAに帰属し、日本における著作権・意匠権等に関する公的な権利の確保を必要とするときは、直接又は代理人を通じてZHAは自らの責任においてその手続きをするものとする旨、最優秀作品を複製し使用する権利をZHAはJSCに許諾する旨が定められているようです。


JSCは<複製し使用する権利>を許諾されていますが、最優秀作品の一部に変更を加える<翻案権>はZHAが有し、その翻案をJSCはZHAに<要請することができ、乙は不合理にこれを拒絶しない>とされています。つまり、JSCは要請する権利を有しますが、ZHAには必ずしもその要請に応じる義務はないと解されます(合理性があるならば)。しかし、ZHAは<デザイン監修者>であって<基本・実施設計者>でないとするところに、合理性とは基本・実施設計又は施工上の経済的・技術的な合理性であって、基本・実施設計を委ねられていないZHAにその判断はできないような仕組みになっています。


しかし、後述のWTO(世界貿易機関)の「政府調達に関する協定」を背景とする<建築設計業務委託契約書>での著作権の扱いを鑑みると、<要請することができ、乙は不合理にこれを拒絶しない>は設計行為の不当な制約に該当するかもしれません。ZHAを設計者ではなく<デザイン監修者>としても、著作権者であることには変わらないので、ZHAは不当な制約であると拒絶することはできるかもしれません。


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WTO(世界貿易機関)の「政府調達に関する協定」(日本は1994年に協定締結)が発効し、公共工事の対外開放及び外国の建築家の市場への参入が予測される中で、国際的にも通用する標準契約書式が必要とされ、公共工事における発注者と受注者の間の契約条件を明確化するため、<建築設計業務委託契約書>を内容とする公共建築設計業務標準委託契約約款が国土交通省から設計業務に係る契約図書として通知されています。

同条契約書条文第6条において、成果物又は成果物を利用して完成した建築物が著作権法第2条第1項第1号に該当する場合、著作権法第2章及び第3章に規定する著作権の権利は、著作権法の定めるところに従い、受注者又は発注者と受注者の共有に帰属するとされています。建築設計業務における成果物の定義は著作権法上の著作物の定義に基づくとするもので、著作者人格権(公表権・氏名表示権・同一性保持権)は受注者に当然に帰属しますが、発注者が公的機関である場合、財産権としての著作権については受注者から発注者への譲渡は必ずしも国際的には一般的ではありません。著作権についての意識の差は各国によって異なるからのようです。従って、第6条においては、著作権は受注者又は発注者と受注者の共有に帰属する(条文A=著作権の帰属)、又は、成果物の引き渡しと時に著作権を発注者に譲渡する(条文B=著作権の譲渡等)の選択肢となっています。国土交通省では、極めて象徴的な建物について、著作権は受注者が所有するAが望ましいとしています。これは、成果物を発注者が自ら又は第三者をして複製・翻案・変形・改変その他の修正を行う(させる)ことなどで、発注者が受注者に制限を加えることは、設計行為の制約に当たる上、同一性保持権侵害の恐れがあり、著作権の意識が高い欧米の建築家の参入を阻むとの考えによるものと思われます。(Bにおいてはそれら制限を受注者が許諾する内容となっています)


デザインも含めた通常の国際コンペ(建築設計競技)であれば、デザインから実際の設計(基本・実施設計)まで個人の建築家に集約しその者が受注者となるので、著作権の扱いについては上述のAが相応しいと考えられます。しかし、新国立競技場コンペのようなデザイン競技の場合は発注者=JSC、<デザイン監修者>、<基本・実施設計者>の三者関係で、契約約款とともに著作権の扱いが複雑になっていると考えられます。JSCは著作権法上<複製し使用する権利>を許諾されているだけで、著作物の一部変更を<要請することができ、乙は不合理にこれを拒絶しない>については翻案権の扱いについて契約書上に言及がない限りは著作権者に留保されていると推定されます(著作権法第61条第2項)。翻案権の侵害に対してZHAは同一性保持権で対抗することになるかもしれません。


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<デザイン監修業務>の内訳はどうなっているのでしょうか。


JSCはZHAと<フレームワーク設計>について<デザイン監修業務>の契約を結んでいます。

<フレームワーク設計>とありますが、設計図を作成するのではなくJSCの資料によると「新国立競技場整備、環境整備(関連敷地含む)及び既存施設とりこわしに関わる設計条件の整理等を行うものである。」ことをその業務概要とし、その業務の委託先として日建設計・梓設計・日本設計・アラップ設計共同体と随意契約を交わしていました(2013年5月20日)。<フレームワーク設計>業務の<監修業務>をZHA行う位置づけとなっています。

<監修業務>の内訳をみるかぎり、基本・実施設計業務(つまり設計全般)においてもZHAは監修者としての位置付けがされているようです。


「『監修業務』は一般的に法的位置付けはなく、これまでの他事例では、自らのデザインコンセプトの設計者に対する指示から、色彩、材料選定、インテリア、照明、サイン、建物外観、外部空間、建物の特徴的な部分等のデザイン等について、設計者に意図を指示したり、時には自ら設計したりする業務まで広範であり、かつ対象業務範囲はそのプロジェクトごとに異なり、一律に定義できるものではない。」とされています。(下線は筆者)


契約書そのものは開示されていませんが、<監修仕様書>は公開されており、<フレームワーク設計><基本設計><実施設計>において、当事者はarchitect (設計者)・client(施主)・designer(デザイン監修者)となっています。しかしいずれの仕様書においても主体はarchitect (設計者)であって、designer(デザイン監修者)つまりZHAは協同・同意を求められる立場(アドバイザリー)にあります。


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実際、<ザハ案>は事後変更を重ね、修正案に至っては当初のデザインが少なからず損なわれた状態になっていますが、ZHAがそのwebサイトで<ザハ案>として氏名表示・掲載しているところをみるとその事後変更が表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現形式を変更して新たな著作物を創作する行為の範疇(翻案)とみなしているのかもしれません。逆に言えば、ZHAは翻案の限り、<実施設計>に至るまで、この<監修業務>において設計者や施主に提出した物(企画書・図面など)、内部利用のために作成したもの(プログラム・データベースなど)、設計者の実施設計書(構造図や設備図など)に、ZHAの「自らのデザインコンセプト」や「特徴的な部分等のデザイン等について、意図」を反映されることができます。もしゼロベースで設計計画を見直すことを決めて、ZHAとの契約を破棄した場合、<日本における著作権・意匠権等に関する公的な権利の確保を必要とするときは、直接又は代理人を通じて自らの責任においてその手続きをするものとする>に従ってZHAが二次的著作物の著作権を主張し<複製し使用する権利>をJSCに許諾しない可能性もあります。この意味で「変更すればこれまでの設計は使えなくなる。知的所有権に抵触するからだ」と鬼沢氏は言っているのかもしれません。


あるいは、事後的変更の延長として、キールアーチ構造を不採用としZHAに再デザイン(翻案)をJSCが要請にZHAが応じることは<ザハ案>が<ザハ案>たる表現上の本質的な特徴の同一性まで損なうことになります。そのような要請の<合理性>は著作権法の外側での技術的・経済的要件であって、ZHA側が同一性保持権を以て拒否する可能性があります。


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<意匠設計=デザイン案>が著作権で保護されるには、それが学術的な性質を有する図面(図面の著作物・同法10条1項6号)であって、且つ同法2条1項1号の「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければなりません。


建築設計の分野では<意匠設計=デザイン案>は<設計>とは区分して呼称されているようです。<設計>とは構造解析の設計や設備の設計、積算など設計書を作成する設計、コンクリートなど材料等の配合設計などを指し、当業者が共通に使用する記号や数値を付加して二次元的に表現するものであって建築工学の知識と技術を以てすれば当業者なら誰も同じように描くであろう図面となります(構造図や設備図)。従って、一般的に構造図や設備図に著作物性(創作性)を認めるのは難しいとされます。しかし、ZHAと<デザイン監修業務>の下、デザインコンセプトや特徴的な部分についてZHAの指示や意図が反映した構造図や設備図については、著作物性(創作性)をZHAは主張できるかもしれません。


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新国立競技場 基本設計説明書(概要版:平成26年(2014年)5月)において、「今後予定されている実施設計はこれに基づいて行われることになる」とあり、その実施設計が<設計概要(案)>に相当するのでしょう。


JSCの資料に目を通すと、2015年7月になってようやく<設計概要(案)>が会議で示されたのであって、それ以前の<設計>はコンセプト(企画案・計画案)の範疇であったことがわかります。その<設計概要(案)>ですら、構造解析など技術的検証が未了である旨、槇文彦氏ら専門家から指摘されていることから、未だ上述の意味での<設計>が終わっていないということになります。<ザハ案>を元にした建設計画では2015年10月着工ということですので、それまでに耐震安全性に至るまで全ての技術的検証を完了させるつもりなのでしょうか?それとも、「変更すればこれまでの設計は使えなくなる」ことを承知で他案をゼロベースから始めるつもりでしょうか?


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競技場であれば、競技施設としての機能性・安全性・収容性が第一であって、外観の審美性はあくまで副次的なものであるべきだと考えます。機能主義(モダニズム)の先駆者ル・コルビュジェは「住宅は住むための機械である。」と言いましたが、脱構造主義(ポストモダニズム)の旗手ザハ氏にとっては「住むため」が副次的なものかもしれません。


1970年の日本万国博覧会(大阪千里)のシンボルゾーンで、当時の機能主義(モダニズム)の旗手であり後のプリツカー受賞者でもある建築家・丹下健三氏が先に設計したトラスの大屋根に、芸術家の岡本太郎氏があとから<太陽の塔>の為に大穴を開けさせた話がありますが、あの時代を懐かしく思い返します。大屋根があったからこそ人々がその下に集えた(ゾーン)わけですし、<太陽の塔>があったからこそ時代の象徴(シンボル)となったわけです。岡本太郎氏に屋根を期待することが馬鹿げているように、ザハ氏にトラックを期待すること自体、元々間違っていたのかもしれません。


都倉俊一氏(日本音楽著作権協会 JASRAC会長)は「(ザハ案は)世界のアーティストが憧れる有数のコンサート会場になることは明らか。(開閉式)屋根はマストだ。将来の採算のためにも中途半端でないものを造ってほしい」などと言っていますが、スポーツ・アスリートを踏み台にして音楽興業の将来を語る姿に、有森裕子さんが悔し涙したのかもしれません。過去のレガシーにないコンサートなど多目的用途はスポーツの殿堂には相応しくないばかりか、その用途の為に可動式の屋根をつけたり防音・空調設備を施したりすることは、捨根注枝に他ならないでしょう。


この際、そのような枝はバッサリと掃って、根に水を注ぐべきでしょう。その根はまだ生きているようです。つまり、取り壊した旧国立競技場については、全ての設計図・仕様書が保存されているそうです。数千本の杭も敷地にそのまま残されています。


ゼロベースではなく、過去のレガシーを用いて最新の建築技術・素材で再生する手立てもあります。耐震性や国際競技施設としての要件はハイブリッドすれば良いでしょう。杭の多くも抜くことなく再利用できるかもしれません。また、周囲との景観についても過去との継続性を保つことができます。1964年の東京オリンピックの聖火台も居場所を取り戻せます。このようなモッタイナイの精神の具現が、国際社会への日本らしいアピールの仕方ではないでしょうか?東京の大空に56年前と同じくブルーインパルスが五輪のマークを描いて、56年前と同じく聖火台にランナーが駆け上がっておごそかに火を点し、そして立ち退きを要求されている都営霞ヶ関アパートの年老いた住人たちに、同じ場所で大空の五輪のマークを見せてあげたいものです。


過去と現在・未来が団円となり、よほどドラマだと思いますが。


(了)


by Mr. Rollin

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