「実質的に・・・からなる」は不明確か(その2)

「レンズ系の発明に対する記載要件の審査基準の適用について」


 組成物Xの発明についてクレームを作成する際に、組成物Xには、不可避的成分が必ず入ってしまい、必須成分A、B及びCのみからなることがありえないような場合、実施可能要件の観点からは、例えば、以下のように特定したりすることがあります。

〔クレーム例〕

 実質的に成分A、B及びCからなる組成物Xであって、

 成分A、B及びCの質量比(A/B/C)が、a1~a2/b1~b2/c1~c2である組成物X。

 しかし、この「実質的に・・・からなる」という特定の仕方は、一見不明確のようにもみえ、無防備に使用することには、ややためらいがあるような場合もありそうです。

 そこで、「実質的に・・・からなる」という特定の仕方が、我国ではどのように取り扱われるのか、というのが今回のテーマです。


Ⅲ.技術的範囲の解釈の観点からの取扱い

 前回は、特許発明の技術的範囲の解釈の場面でしたが、「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例(平成14年(ワ)第16268号)において、裁判所が以下のように解釈していることを紹介しました。


〔判断の対象となる発明の構成要件〕

実質的に,Ni:2~4.8%,Si:0.2~1.4%,Mg:0.05~0.45%,Cu:残部

(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする

B 改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有し,

C 安定化状態にある電気コネクタ用銅基合金。

〔裁判所の判断〕

「・・・当裁判所は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」の意義について,

 ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)及び銅(Cu)以外の元素のうち,

 明細書中に具体的な記載がある元素,及び

 明細書の具体的な記載に基づいて当業者が容易に想到できる元素

を含有させることを許容すべきであるが,その範囲を超えた,

 合金の特性に影響を与える元素を含有させることを許容する趣旨と解すべきではないと判断する。」


 即ち、裁判所は、但し、裁判所は「実質的に・・・から成る」と規定された構成において、必須元素以外の元素は、以下の3つの条件:

(条件1) その元素が、明細書中に具体的に記載されているか、

その元素が、明細書の具体的な記載に基づいて当業者が容易に想到できること;及び

(条件2)その元素の含有が、合金の特性に影響を与えないこと、

を満たす場合に、その構成に含めることができるとしました。

 但し、裁判所は、上記2条件を定めるに当たり、明細書の記載だけでなく、

 「合金は,成分元素や添加量を変化させた場合に合金の性質に与える予測可能性が極めて低い」という構成Aの属する分野の技術常識と、

 原告が、

「本件特許の出願過程において,Cu-Ni-Si基合金に,

他の元素を増加させると電気伝導率や曲げ特性が悪化すると述べて,

スズ(Sn)を0.39%含有する合金は電気伝導率が下がるので採用し得ないとして,

本件発明の技術的範囲から除外すべきである旨述べている」

という出願経過とを参酌しています。


 従って、上記の2条件は、「実質的に・・・から成る」と規定された構成に対して、いかなる場合にもあてはまるわけではなく、その構成の属する分野の技術常識と、出願経過によっては、あてはまらない場合もあるという点に留意した方がよさそうです。


 裁判所は、「実質的に・・・から成る」と規定された構成の明確性については判断していませんが、文言上の特段の留保もなくこの構成の技術的範囲を解釈していることから、「実質的に・・・から成る」という表現だけをもって、技術的範囲が解釈できないほど不明確というわけではない、ということはいえそうに思います。

 なお、本件特許の出願時の規定ぶりは、

A’ ニッケル約2~約4.8重量%,ケイ素約0.2~約1.4重量%,マグネシウム約0.05~約0.45重量%及び残余分の銅より実質的になることを特徴とする

B’ 極限引張強さと電気伝導性との改良された組合せを有する

C’ 銅ベース合金。

であり、「より実質的になる」の当初の規定が、特許クレームに至るまで、実質的に維持されているので、審査でも、この表現自体が不明確とはされなかったのであろうと思われます。


Ⅳ.要旨認定の観点からの取扱い

 「実質的に・・・から成る」と規定された構成が、権利付与の段階でどう扱われるかは、審査経過をつぶさに調べるわけにいかないので、なかなか検討し難いのですが、1つだけ参考になる資料があります。

 特許庁が、特定技術分野の発明の特許性を審査基準に従って判断する際の考え方を整理して公表した資料(参照先1)の1つで、「特許出願をする際や、拒絶理由通知に対応する際の参考にしてください」と特許庁のお墨付きがついています。


A.「レンズ系の発明に対する記載要件の審査基準の適用について」(参照先2

 特許庁は、この資料において、

「光学的性能を改善する(諸収差を補正する等)ことを目的とした、1以上のレンズ群1を含むレンズ系の発明に対して記載要件の審査基準を適用する際の取扱いを明確化した」

としています。

 特許庁は、まず、請求項の記載形式を以下のように分類します(引用部分は適宜改行及び省略しています)。


〔クローズド・クレーム形式〕

「請求項に記載されたレンズ群以外のレンズ群がレンズ系に含まれることを許容しない形式。

 レンズ系に含まれるレンズ群は、文言上は、第1レンズ群から第nレンズ群までのn個のレンズ群だけであり、それ以外のレンズ群は含まれないと解される。

例:

「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群とからなるレンズ系」

「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群とから構成されるレンズ系」」


〔オープン・クレーム形式〕

「請求項に記載されたレンズ群以外のレンズ群がレンズ系に含まれることを許容する形式。

 レンズ系には、文言上は、第1レンズ群から第nレンズ群までのn個のレンズ群だけでなく、第n+1レンズ群、第n+2レンズ群等が含まれてもよいと解される。

例:

「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群とを有するレンズ系」

「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群とを含むレンズ系」

その他「…を備えるレンズ系」、「少なくとも…からなるレンズ系」等」


 ここまでは、非常に基本的なお話しですが、特許庁が「これら2つの形式のそれぞれが記載要件を満たしているか否かについては、以下のように判断する」とした以下の内容が興味深く思われます。


〔クローズド・クレーム形式の場合の記載要件の当否の判断〕

「(1)発明の詳細な説明に、レンズ群として第1レンズ群から第nレンズ群までのn個のみを含むレンズ系が具体的に記載され、そのレンズ系によって発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されている場合、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合する。」


 ここは、何も、レンズ系の発明に特化したことをいっているのではなく、どの発明についても同様のことがいえる、ごく当然の内容です。

 興味深いのは以下の説明です(以下、筆者が色字により強調しました)。


「(2)以下の例のように、クローズド・クレーム形式の請求項が、レンズ群の数に関する「実質的にn個」という記載又はレンズパワーに関する「実質的にレンズパワーを有しない」という記載を含む場合であっても、特許法第36条第6項第1号に適合する。

例1:「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群の実質的にn個のレンズ群からなるレンズ系」

例2:「…第1レンズ群と、…第2レンズ群と、…第nレンズ群のn個のレンズ群及び実質的にパワーを有しないレンズからなるレンズ系」

・・・

(説明)

 発明の詳細な説明に、「n群レンズ系」が具体的に記載されているとともに、そのレンズ系に、パワーをほとんど有しないレンズ群や、光学的性能に原理的に影響を及ぼさない他の光学要素を付加しても良いとの記載もあり、「n群レンズ系」はもちろん、そのレンズ系にパワーをほとんど有しないレンズ群や上記他の光学要素を付加したものによっても発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されていれば、請求項が、レンズ群の数に関する「実質的にn個」という記載又はレンズパワーに関する「実質的にレンズパワーを有しない」という記載を含む場合であっても、当該請求項に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されているといえる。」


 以上は、特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の判断基準ですが、ここに

 「実質的に・・・からなる」「実質的に・・・を有しない」がでてきており、さらに

 「光学的性能に原理的に影響を及ぼさない他の光学要素を付加しても良いとの記載もあり」という条件を付しています。

 そして、以上の記載についての特許法第36条第6項第2号(明確性要件)の判断基準の説明が続きます。


「(3)上記(2)のように、請求項が、レンズ群の数に関する「実質的にn個」という記載又はレンズパワーに関する「実質的にレンズパワーを有しない」という記載を含む場合は、原則として、それらの記載をもって、特許法第36条第6項第2号に適合しないとは判断しない。」


 特許庁は、何と、

「実質的に・・・からなる」「実質的に・・・を有しない」なる記載は、原則、不明確としない、

と言い切っています。さらに、以下の説明が続きます。


「(説明)

 請求項におけるレンズ群の数に関する「実質的にn個」という記載又はレンズパワーに関する「実質的にレンズパワーを有しない」という記載の意味内容や技術的意味の解釈にあたっては、当該記載のみでなく、明細書及び図面の記載並びに技術常識をも考慮する。

 レンズ系の技術分野において、特定のレンズ群構成を有するレンズ系に、パワーをほとんど有しないレンズ群を付加しても、レンズ系が実現する光学的性能に対して原理的に影響を及ぼさないことは技術常識である。

 この技術常識に照らすと、

 「実質的にn個」は、レンズ系が実現する光学的性能に原理的に影響を及ぼさない他の光学要素(例えば、パワーをほとんど有しないレンズ群)を含んでいてもよいという意味であると理解できる場合が多い。また、

 「実質的にパワーを有しない」は、レンズ系が実現する光学的性能に原理的に影響を及ぼすようなパワーを有しないという意味であると理解できる場合が多い。

 そのような場合は、これらの「実質的にn個」あるいは「実質的にレンズパワーを有しない」の記載によって、その意味するところが明細書又は図面の記載並びに技術常識を考慮して合理的な程度にまで特定されて明確といえるので、これらの記載をもって、特許法第36条第6項第2号に適合しないとは判断しない。」


B.考察

 特許庁は、「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例の判示に沿って、

 「光学的性能に原理的に影響を及ぼさない他の光学要素を付加しても良いとの記載」があれば、

 レンズ系の発明の属する技術常識を考慮すれば、レンズ系の発明は判決例の2条件が満たされている場合が多いので、

 「実質的にn個」あるいは「実質的にレンズパワーを有しない」の記載は、原則、不明確と判断しない、と説明しているように受け取れます。


 従って、少なくとも、レンズ系の発明については、「実質的にn個」あるいは「実質的にレンズパワーを有しない」なる記載は、特許庁による要旨認定において、原則、不明確とされず、要旨認定における特許庁の論理は、技術的範囲の解釈における「電気コネクタ用銅基合金事件」東京地裁判決例で示された論理に限りなく近いことがわかりました。

(続く)

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